五井野正博士の在日アルメニア名誉領事就任妨害事件

五井野正博士を狙った組織的なネット誹謗中傷

永年の博士ファン
からの許可を得ての引用です。

秋田市の市民新聞「あおぽ21」より一部転載

五井野正博士特集 ~秋田の市民新聞「あおぽ」 Vol.385('03年11月7日)より~

エルミタージュ美術館の展覧会妨害事件(1)
 平成6年(1994年)6月24日からデンマークで“印象”展を開いている際中に、7月1日から西アジアのアルメニア共和国のアルメニア国立美術館で「ゴッホの浮世絵コレクションと歌川正国」展が同時に開催された。
(中略)
  民族の独立心が強いアルメニアが、建国記念として、東洋と西洋を芸術で繋いだゴッホと浮世絵の関係に、関心を持ち「歌川正国とゴッホの浮世絵コレクション」の展覧会の開催を人を通して打診してきたのである。
 開館セレモニーだけでも1000人以上の人が押しかけ、会場は人で埋まって身動き出来ない程だった。
 開館中、アルメニア国始まって以来の大反響と評判は旧ソ連邦に瞬く間に拡がり、サンクト・ペテルブルグにある世界三代美術館の一つ、ロシア国立エルミタージュ美術館が展覧会の希望をしてきた。
 五井野正歌川派門人会会長は、その吉報にすぐ応じると、今度はロシア政府関係者から、モスクワの国立プーシキン美術館で先に開いて欲しいと打診があった。
 歌川派門人会主催の“印象”展と「歌川正国とゴッホの浮世絵コレクション」展は、開催と同時に米、欧、旧ソ連邦とたちまちの内に世界が注目する展覧会となったのだ。
エルミタージュ美術館展覧会前に様々な妨害
 日本の大手新聞社、2社が、“印象”展と「歌川正国とゴッホの浮世絵コレクション」展の評判にすぐに聞きつけた。
 例えば、デンマークでの“印象”展とアルメニア国での「歌川正国とゴッホの浮世絵コレクション」展が終わった次の日には、もう某大手新聞責任者三人が長野県大町市の歌川派門人会本部に五井野会長を尋ねてきた位だ。
 そこで、さらにエルミタージュ美術館での展覧会開催に驚いて、契約時点から一面トップで掲載し、独占的に十回連載で大特集したいと意気込んで帰ったのだが、9月に入ると、おかしな事件がロシアで起きた。
 先ず最初の事件は歌川派門人会の事務局員だと名乗る二人の日本人がエルミタージュ美術館を訪れ、不穏な言動を起こしたことだ。
 もちろん偽者で、どこかの組織の妨害行為でしか考えられないが、国際電話で事実確認を取ったピオトロフスキー館長はこの妨害者を追い返し、難なく事は終わった。
 この様な妨害にもかかわらず、歌川派門人会とエルミタージュ美術館との間で展覧会開催の契約が1994年9月に無事に行われた後、スタッフがプーシキン美術館との契約の為、モスクワに移動した。
 アカデミーの高名な科学者達が利用する特別なホテルにスタッフは泊まれたが、スタッフの北村氏の部屋の隣に、同じタイミングで日本人カップルが泊まり、さらに同じフロアにスタッフの部屋を取り囲むように数人の日本人が滞在した。
 日本人が宿泊するはずのないホテルにである。
 すると数日してスタッフの北村が冷蔵庫にあった飲み物を飲んだ後に、「胃が上下左右に伸縮し、苦しくて立ってはいられない状態で、七転八倒の苦しみ」の被害にあい、五井野博士発明の万能薬G・Pを飲んで一命を取り留めたという事件が起きた。
 さらにもう一人のスタッフも同じ飲み物を飲んで同じ症状を起こしたのである。明らかに毒物によるものと考えられた。
オウムと某宗教団体の関係は
 当時のロシアはオウム事件が発覚する前で、モスクワの地下鉄の入口にはオウムの信者達がビラを配っていた。
オウムにスタッフが狙われる理由はまったくなく、今回の事件は別の組織の者と思われるが、排他的な某宗教団体が1970年代からソ連と関係を持っている国柄であり、特にモスクワ大学はその某宗教団体の大学と友好関係にあったのだ。
 ゆえに五井野正博士(ラトビア国立芸術アカデミー名誉博士、ウクライナ国立芸術アカデミー名誉教授、他)がモスクワ大学で講演できないことは当然としても、何故オウムの麻原がモスクワ大学で講演出来たのか?!
 さらに、オウムがロシア政府から排除を受けないでロシアでの活動やロシアの高官と何故会うことが出来たのか?!
 この排他的な某宗教団体はオウムだけには寛容なのか、それとも噂にあるようなオウムのバックなのか。
 オウムが起こした坂本弁護士拉致殺害事件や松本サリン事件など、何故警察が初期捜査に鈍いのか、あるいは誤認したのか、日本のマスコミが沈黙して語らない、あるいは語れない驚くべき事実がいつ明らかにされるのだろう。
 しかし、海外の捜査機関やマスコミまでは日本のように牛耳られていない為なのか、フランス政府ではこの某宗教団体をオウムと同じようにカルト教団と指定した。
 歌川正国こと五井野正博士は、この事件を境に拉致や命を狙われる事件が次々と起きるのである。(つづく)
まるで驚くべき犯罪サスペンス映画さながらの内容である。
また、注目された北方四島返還問題に関しても実は五井野正博士が両国の重要なキーパーソンだという事実、そしてこの問題でも某宗教団体が妨害をしていたという事実を紹介する。

~秋田の市民新聞「あおぽ」 Vol.305('02年3月22日)より~
北方四島は日本に戻るはずだった!!
五井野教授の北方四島返還計画をロシア政府が推し進めていたのに…
 (前略)
北方領土は日本に返還される可能性があった!
 ロシア会談の公式な発表では、北方四島に日ロ双方の資本投資による経済協力プラン(エリツィン・橋本プラン)が決められ、燃料エネルギーに始まり宇宙事業にまで及んだ内容である。
 ところが、この非公式会談の裏には、北方領土が日本に返還される可能性があったという真実が隠されていたというのだ!
 それは本誌300号で紹介した歌川正国こと五井野正教授の提案する北方四島10年後返還という提案書(ウイッピータイムス9号に全文掲載)にそって、日ロ平和条約締結と同時に北方四島に年間2千億円、10年間で2兆円を投資して、宇宙事業を含む日ロ文化・観光共同事業となる北方四島芸術の島造り計画が、水面下で進められていたという話である。
 この五井野教授の提案書とは平成8年11月26日、日本で開催された日ロ国交回復40周年記念式典の会議で、ロシア側代表団7名に対して三塚博大蔵大臣(当時)、桜内義雄元衆議院議長ら出席の日ロ記念会議に特別ゲストとして同席した五井野教授が、その会談後に日ロ平和条約の締結と北方四島領土問題解決の提案書を日ロ双方に提出し、その後、この提案書はプリマコフ外務大臣(当時)、ロシア国会下院議長、そして五井野教授独自のルートでエリツィン大統領にも渡され、日・米・ロの300の提案の中で最高の提案と絶大なる評価を受けたのである。 ロシア会談の公式な発表では、北方四島に日ロ双方の資本投資による経済協力プラン(エリツィン・橋本プラン)が決められ、燃料エネルギーに始まり宇宙事業にまで及んだ内容である。
 ところが、この非公式会談の裏には、北方領土が日本に返還される可能性があったという真実が隠されていたというのだ!
 それは本誌300号で紹介した歌川正国こと五井野正教授の提案する北方四島10年後返還という提案書(ウイッピータイムス9号に全文掲載)にそって、日ロ平和条約締結と同時に北方四島に年間2千億円、10年間で2兆円を投資して、宇宙事業を含む日ロ文化・観光共同事業となる北方四島芸術の島造り計画が、水面下で進められていたという話である。
 この五井野教授の提案書とは平成8年11月26日、日本で開催された日ロ国交回復40周年記念式典の会議で、ロシア側代表団7名に対して三塚博大蔵大臣(当時)、桜内義雄元衆議院議長ら出席の日ロ記念会議に特別ゲストとして同席した五井野教授が、その会談後に日ロ平和条約の締結と北方四島領土問題解決の提案書を日ロ双方に提出し、その後、この提案書はプリマコフ外務大臣(当時)、ロシア国会下院議長、そして五井野教授独自のルートでエリツィン大統領にも渡され、日・米・ロの300の提案の中で最高の提案と絶大なる評価を受けたのである。
医学分野においても世界から注目の五井野教授・20世紀のレオナルド・ダヴィンチと評価!!
 平成11年からデンマーク・コペンハーゲン大学でGPによるガン細胞及びマウス実験が開始され、驚異的効果を得たとしてデンマークのトップの新聞ポリチケン紙が第一面で掲載、国営ラジオも何度も報道、さらにヨーロッパでも報道された事から、五井野教授は旧ソ連邦の国々だけでなく、ヨーロッパ諸国でも注目を集めている。
 また翌12年の7月には、デンマークの医薬品安全局から自然薬では難しいとも言われた治験医薬品に認可登録され、同年11月頃からGPによる臨床試験がコペンハーゲン大学の中央病院で開始された。
 コレステロールや糖尿病にも驚くべき結果が出たので、その成果は昨年9月9日から米国・ニューヨークで開催された第14回脂質代謝国際医学シンポジウムで、GPの優れた効果が公開発表されたのである。
 この国際医学シンポジウムにはファイザー製薬やバイエル等の世界の強大な国際医薬企業がズラリと並び、そして米国心臓学会や欧州動脈硬化協会など有名な学術団体が協賛しており、GPの発表データ表が瞬く間に無くなるほどの注目を集め、後日にはヨーロッパの大手製薬会社や保険会社など数社から申し入れが相次いだ。
 このように五井野教授は医学分野においても天才的才能を発揮し、世界から注目を集めているが、実は、平成8年エリツィン大統領の心臓病の容体が悪化した時、最後の頼みとして大統領府からGPが極秘に要請され、その為、五井野教授は極秘でモスクワにロシアの特別VIPとして出向き、エリツィン大統領側近にGPを渡した事から、エリツィン大統領との深い信頼の絆が生まれたと言われている。
 その後のエリツィン大統領が奇跡的に政治復帰したという事実は、世界の人々の知るところだろう。
 さらにクレムリン病院で別の重病の心臓病患者(大統領経済顧問)をGPによって奇跡的に治し、心臓のバイパス手術が中止になったほど健康を回復させ、ロシア医学界からも注目を浴びているのだ。
 また五井野教授は平成7年にサンクトペテルブルグのソプチャック知事(当時)と会談し、911(民間救助機構)の必要性と設立を呼びかけ、平成8年当時、副知事だったプーチン現大統領と協力して911を設立させている。
 また五井野教授は平成7年9月にアルメニア大統領から在日アルメニア名誉領事に任命されたが、日本外務省内で五井野教授の活躍を良しと思わない組織の妨害が起き、平成8年以降に日本外務省名を語って五井野教授を虚偽の中傷で、アルメニア外務省に無礼な拒否行動を起こす等の事件が起きた。
 それに驚いたアルメニア大統領はエリツィン大統領に相談すると、エリツィン大統領はこの妨害組織団体をカルトと認識して、ロシアから排除する為の法案制立のきっかけにまでなったと言われている。
 この五井野教授の在日アルメニア名誉領事就任妨害事件によって、アルメニアだけでなく、エリツィン大統領と日本の外務省との信頼関係さえも失われる事になった。
 そしてロシア大統領府は、五井野教授を日本外務省が認めなくても、今もアルメニア名誉領事の様に対応評価しているという事で、またアルメニアにおいても、つい最近でも政府系新聞に五井野教授について大きく特集されている位のヒーローなのである。
 つまり、北方四島はソ連からロシアに移属したが、ソ連邦解体後においても旧ソ連邦のロシア、ウクライナ、アルメニア等の国々が集まってCISが結成され、北方四島返還は道義的にはCISの問題ともからんで、そのCISの国々から20世紀のレオナルド・ダヴィンチと評価されている五井野教授の提案だからこそ、ロシア側は受け入れられるという話もあるのだ。
 それは日ロ40周年記念式典のロシア一行団事務局長のエリョーミン氏が「クリル4島(北方四島)はあの日本人には返さないが、五井野教授なら返そうと言うのが、ロシアの考え方だ」
と五井野教授に語ったと言われている事からも理解される。

 その様な流れの中で、平成9年1月に北方四島問題で一番ネックといわれるロシア国会内の地政学委員会で五井野教授が演説する事になった。
 成田を発つ前日に、外務省筋の重要人物と会い、五井野教授はロシア国会では北方四島に10年間にわたって総額1兆円の投資を述べるが、日ロ平和条約締結の段階までに金額がどんどん上乗せられる事も考えて、最終的にどの位の金額まで日本が出せるのかと話し合った結果、2兆円まで可能という確約を得て、ロシアに向かった。
 ロシア国会は始めから北方領土返還には一切応じないという厳しい意見が飛び交う中で、五井野教授が北方四島の芸術の島計画の提案を述べると雰囲気はガラリと変わって、委員会のメンバーから拍手喝采を浴び、特にブルブリス副委員長・元国務長官は興奮して、あらかじめ予定した原稿を読まないで、五井野教授を称賛し、最後に「これからは民間平和条約で話を進めてゆこう」と五井野教授の提案を支持して、会議は終了したという事である。
 その後、同年3月4日付けでロシア国会外務委員会のルキン委員長から五井野教授宛に、公式に五井野教授の提案を支持する文章が送られた。
 そして、同年6月にはエリツィン大統領もロシアのTVニュースで、この五井野教授の北方四島を日ロ両国で芸術の島として文化的、平和的に管理するという具体的提案を高く評価する発言をしたのだ。
 同年10月2日CIS加盟国のベラルーシ出身でベラルーシ大統領とも親しく、ロシアのジュコフスキー宇宙空軍アカデミー総裁で宇宙飛行を3回経験したコバリョノク空軍大将が五井野教授の招待で来日し、小渕外務大臣等と会い、長野県大町市にあるウイッピー総合研究所と歌川派門人会本部を訪れた。
 この頃の日本の状況として、週刊文春の平成14年3月7日号では鈴木議員が平成9年秋に「北方領土なんて返って来たら迷惑だ。30兆もの資金をつぎこまなければならないが、それだけの見返りはない」と発言したという事が掲載されている様に、五井野教授の提案に否定的な意見が政府の中にもあった。
 しかし、それよりも問題なのは、この頃五井野教授が何度も拉致されそうになったという事件が続出した事にある。
 そして平成9年11月クラスノヤルスクでのエリツィン・橋本会談が行われた。その後すぐに、特使としてブルブリス元国務長官が五井野教授の招待で同年11月22日に来日した。
 このブルブリス元国務長官に、モスクワで執拗に五井野教授の虚偽の中傷を述べて、ブルブリス議員の訪日を止めようとしたのが、あの佐藤前主任分析官なのだ。
 しかし、ブルブリス議員は佐藤前主任分析官の言動を疑い、逆に五井野教授を信じて来日した。
 来日前に五井野教授は野呂田日ロ議員連盟事務局長と会って、国会議員20~30名位がウイッピー総合研究所主催のブルブリス元国務長官歓迎パーティーに出席してもらえる手はずを整えたのだが、鈴木宗男議員等が根回しして妨害したそうで、結局、亀井元建設大臣だけが出席、さらに橋本首相(当時)にもブルブリス議員が首相に会いたがっていない等の虚偽を述べて、首相との会談が実現されなくなったという事で、これによって北方四島返還のシナリオが次々と壊され始めたという事である。
 つまりブルブリス元国務長官は五井野教授の北方四島の提案の実現化に向けて、日本政府側の下ならしに来たという事であり、帰国すれば第一副首相の座が約束されていたと本人が語っていた様である。
 ロシア側は日本でのクラスノヤルスクに続く日本での非公式会談場所を長野と希望していた。
 つまり長野県大町市には五井野教授主宰のウイッピー総合研究所があり、そこを在日アルメニア名誉領事館と希望したい旨を、アルメニアや日本外務省に知らせていたからである。
 ところが日本側の意向は始めは北海道を希望し、後に静岡県川奈となったが、長野県をはずすなど、ロシア側の提案とは逆に北方領土は返らなくてもいいから始めに国境線を引き、前倒しで2千億円(当時のレートで14億ドル)出すなどの逆提案を出した様である。
 エリツィン大統領は訪日の前に、この様な日本側の意向を受けたチェルノムイルジン首相を解任して、ロシアの法律にのっとり、首相不在の時は大統領は国外にでてはいけないという規定から川奈会談をボイコットしようとしたのではないかとも言われている。
 そこで五井野教授は大統領府に同行の取材記者と共に呼ばれ、
「エリツィン大統領は間違いなく長野のあなたのところへ行く予定だった」
と述べ、エリツィン大統領は五井野教授の10年後返還の提案を非公式会談という形で橋本総理と共に支持する計画を描いていた事を知らせてくれた。
 それに対し、五井野教授は日本側に悪質な妨害があり、その過程で日本側が示した前倒しの金額の話に関しては新聞に載った位だから確実であると言い切った。
 そこで大統領は五井野教授を信用して、非公式な形で静岡県川奈に行く事になったのではないかと同行記者が語る。
 そして川奈において橋本総理から国境線画定の逆提案が出され、エリツィン大統領はこの提案を面白いと述べモスクワで回答を出すと約束した。
 しかし、その後、橋本総理は総理の座を降りて故小渕恵三議員が日本の首相として25年ぶりにモスクワを訪れる事になるが、舞台は公式会談となった為に、日ロ双方の互いの立場を表明するだけとなり、北方四島返還交渉は難航し始めた。
 1999年12月に北方四島問題解決は、日本側の妨害組織団体がある限り不可能と考えた五井野教授はエリツィン大統領に、「北方四島10年後返還」提案は断念してよい旨の文章を送り、その二週間後位にそれに呼応するかの様にエリツィン大統領は大統領を辞職した。
 つまり、「北方四島問題を両国の友好の橋として解決して、日ロ平和条約を締結する事がエリツィン大統領の夢として、最後の仕事として肉体的な限界を超えて、がんばっていた。しかし、その夢も消えたから…」と五井野教授は心情的に語ってくれた。
 その後、鈴木宗男議員の「二島先行返還」が外務省の方針となって大きく舵を切るのである!
戦後50年の外交努力は経済バブルと同じく消えた…。
 以上の事実を日本国民が聞いたら驚くような、信じられない話であるが平成13年12月20日鈴木宗男議員を招いた懇談会において聴衆の一人から「北方四島は金で買えないのですか」と質問されたとき、鈴木議員は、以前は1兆や2兆で買い取る事は出来たかも知れないが今は無理という返答を行った。
 具体的な金額がピッタリ一致する返答の言葉の中に、北方四島が戻ってきた可能性を鈴木宗男議員が皮肉にも肯定している事実が読みとれるのである!
 いみじくも鈴木議員は、北方四島支援事業において北方四島返還のためと主張していたが、今回の鈴木宗男スキャンダルによって日ロ双方は仕切り直しをせざるを得なくなり、田中、ブレジネフ会談(1973年)の成果さえも失い始め、戦後50年の日本政府の外交努力は日本経済のバブルと同じ様に消えた。その後遺症は日本経済と同じ様に、共にずっと続くのだろうか?!
 それゆえ、鈴木宗男議員は結果的に見る限り北方四島を買うことに努力するよりも、売ることに努力していたのではないかという疑惑がここに新たに生まれ、今、国民の前で売国者として裁かれているのではないだろうか?!
ウイッピータイムス9号「北方四島10年後返還」提案書
なんと、以上の情報からすると本来なら五井野正博士の「北方四島10年後返還」提案書によって日露の領土問題は大きく舵をきり、それを機に日露平和条約が既に結ばれていた可能性が非常に高かったのだ!それが妨害されたため、結果的に両国にとって政治的、経済的に大きな損失を被ったのである。
このように日本の国益を考えれば、五井野博士の活動および提案は政府にとって民間人だからといって決して侮れないものばかりだ。むしろ政府の様々な分野の相談役として迎えたいくらいの卓越した内容ばかりなのである。それもそのはず、五井野博士はその卓越した頭脳や才能をロシアやスペイン、アルメニアなど世界各国の王室や国家元首、および学術会議のトップが治める学術アカデミーから評価され、アカデミー会員および博士号、教授号を授与されている大天才なのである。ロシアではレオナルド・ダ・ヴィンチの再来とも評されている程である。
五井野正博士 プロフィールより抜粋
• ロシア連邦国立芸術アカデミー名誉会員
• ロシア連邦国立人文科学アカデミー名誉会員
• ロシア自然科学アカデミー会員
• スペイン王立薬学アカデミー会員
• 国際自然・社会科学アカデミー会員
• 国際発明・発見アカデミー会員
• アルメニア共和国国立科学アカデミー会員
• アルメニア共和国哲学アカデミー名誉会員
• アルメニア共和国工学アカデミー名誉会員
• イタリア経済・社会科学アカデミー会員
• ウクライナ国立口腔病学・医学アカデミー名誉会員
• 英国ケンブリッチ文学アカデミー永久会員
• ロンドン外交アカデミー会員
• ロシア連邦安全防衛法規諸問題アカデミー会員
• モルドバ国立医科薬科大学客員教授
• The International Academy of World Nations Spiritual Unity 会員
役職
• 世界民族精神融合アカデミー(International Academy of World Nations Spiritual Unity )の副総裁
• 日本支部総裁 ロシア連邦安全防衛法規諸問題アカデミー副総裁
• ロシア自然科学アカデミーアルメニア支部名誉総裁
• 国際自然・社会科学アカデミーアルメニア支部名誉総裁
• 国際自然・社会科学アカデミー日本支部総裁
• ロシア安全防衛法規諸問題アカデミー日本支部総裁
• 人間の尊厳と安全を守る国際連盟・アジア太平洋地域全権大使
• サンクトペテルブルグ民間救助機構(911)創立者会長
• 日本・ロシア協会参与
• インターナショナル・バイオグラフィカル・センター(ケンブリッジ) 理事会会員・国際功労会員・国際評議員
• アメリカン・バイオグラフィカル・インスティテュート理事会会員・国際大使
• 医学誌「medicina altera」(英語・ロシア語)編集長
• ロシア連邦大統領府戦犯・抑留委員会委員
• 一般財団法人 歌川派門人会代表理事
• ウイッピー総合研究所所長
• 聖ヨーロピアン騎士団 副総裁
博士号 教授
• ロシア連邦最高国際アカデミー健康・保健医学教授
• ロシア連邦州立ヤロスラブリ医学アカデミー名誉教授
• ロシア自然科学アカデミー名誉教授
• アルメニア共和国国立科学アカデミー名誉博士
• ラトビア共和国国立芸術アカデミー名誉博士
• ウクライナ国立芸術アカデミー名誉教授
• ウクライナ国立ポルタワ工科大学名誉教授
勲章 爵位 受賞
• フランス芸術文化勲章シュバリエ 勲三等
• 聖セラフィーム・サローフスキ勲章
• モスクワ市下院議会より名誉賞
• インターナショナル・バイオグラフィカル・センター(ケンブリッジ)の 1996,98,99年度マン・オブ・ザ・イヤー受賞
• アメリカン・バイオグラフィカル・インスティテュートの1996,97,98,99年度マン・オブ・ザ・イヤー受賞
• ロシア連邦1998年度マン・オブ・ザ・イヤー受賞
• マルタナイト勲章(ガブリエル爵位)
• ポポフ賞(発明・発見)
• ジュコフ勲章(文化)
• パブロフ賞(生理学)
• 聖スタニスラフ白大十字勲章(公爵)
• ロシア正教アレクスィー二世ゴールドメダル(平和)
• 無敵のダビデ賞(哲学)
• カーピツァ賞(物理学)
• ピョートルゴールド賞(経済学)
• ナイトオブサイエンス賞(科学)
• トレチャコフゴールド賞(芸術)
• ベルナツキー賞(医学)
• P・エールリヒ賞(医学)
• プーシキン賞(文学)
• 科学と芸術の騎士賞(科学と芸術)
• ティリシア賞(社会活動)
• 黄金のヘラクレス賞(イタリア経済・社会科学アカデミー)
• メチニコフ・ゴールド賞(医学)
• ガガーリン勲章(宇宙工学)
• ドイツ・ハノーバー協会メダル(医学)
• ロシア安全防衛法規諸問題アカデミーよりミハイル・ロモノソフ賞
• ロシア安全防衛法規諸問題アカデミーよりピョートル大帝一等勲章
最後に、月刊誌ザフナイ2012年12月号では五井野博士ご自身はネットの虚偽の中傷について以下のように述べている。
(前略)
さて、ネットの虚偽の中傷で読者にお騒がせ致しましたが、騒いでいるのはあくまでもカルト宗教団体の方であって、こちらの方ではありません。前にも述べたと思いますが、彼らはどうでもいい事実に嘘を入れてヘビのように二枚舌を使って中傷する手口を使います。また、成太作の強姦問題を週刊新潮が取りあげれば、その宗教団体の機関紙で“強姦新潮”と反対言葉にして批判中傷するような幼稚な団体です。だから「科学から芸術へ」で“フランス国会でカルトと指定された宗教団体”と記述すると、それからは出版妨害したり、あげくは創栄出版の会計兼事務員を買収して、社長に虚偽の請求書をでっち上げて脅して私に株を盗み、勝手に清算して国際的な浮世絵の団体である歌川派門人会を外務省まで使って逆にカルトと批判、妨害させたのです。ではなぜ、フランス国会でカルトと言われるのか?1つにはモスクワ大学でオウム真理教の麻原を講演に呼んだのは成太作の絶賛本を出した教授であり、協力し手助けしたのはこの宗教団体のモスクワ大学の学生たちです。それは海外の週刊誌の記事に掲載されました。だから、エリツィン大統領も名指しでその宗教団体をカルトと言ったのです。そして、北朝鮮とオウム真理教を繋ぐものは成太作であり、オウムと成太作を繋ぐものは暴力団、それらを繋ぐものは日本を憎む国籍不明人、という連立方程式を、マスコミや検察、そして、国会がいつ日本国民に明らかにしてくれるのだろう。(以下省略)
(月刊誌ザフナイ2012年12月号 科学から芸術へ(33)「NASAの欺瞞とニュートン力学の否定」より一部転載)

このブログをここまで読んで、何故五井野正博士がフランスでカルト宗教団体と名指しされた某宗教団体から執拗に妨害を受けているのか?と、このブログを読む人で分からない人もいると思うので、その理由を前回より詳細に述べたいと思う。

その発端は五井野正博士が某宗教団体の3代会長に提出した宗教論文「一念三千論」を3代会長が自らの論文のように説き、本仏のように振舞ってカリスマ的存在となった事からはじまる。
一般人にこの事は分からないかもしれないが、この組織では「一念三千論」を説く方こそ「御本尊」であると信じられてきたため、会員から「3代会長こそ御本尊だ」と崇められ絶対的存在となったのである。
と言うのも、2代会長が霊夢で日蓮大聖人から叱られ「一念三千論を説く人はお前ではなく若い人で神奈川県から出現する。その方こそ御本尊だ」という予言を講演で語っており、当時ほとんどの会員が知っていた。だからこそ、五井野正博士を徹底的に表に出さないようにして、3代会長を本仏の様に思わせた。
しかしながら2代会長の予言を信じていた人達は「3代会長はおかしくなった」と、ご本尊のために3代会長を諌めたのだ。
だが3代会長の増上慢は止まらず、ついには外部にお手つき問題(会員の女性に子供を生みつけて、将来性のある男性に女性と子供を押し付ける)や奇行をリークされ週刊誌等で暴かれる事態となった。そして3代会長は会長職を辞めて一時おとなしくしていたが、名誉会長として復帰し暴力団を使って再び実権を握った。だがその後、暴力団ではなく闇仕事をする実戦部隊を外部に作った。実はその実戦部隊が国内で有名な大事件を犯したのだ。

以上のようにこの某宗教団体の名誉会長(3代会長)は五井野正博士こそが2代会長が予言していたご本尊であるという事実が発覚される事を常に恐れ、博士がヒーロー的に世の話題となったり注目されることを徹底的に妨害するため某宗教団体の裏組織や暴力団を使って徹底的に五井野博士の活動の妨害や電話盗聴、尾行、拉致、虚偽の悪評を周囲に流すなどしているのである。