五井野正博士の月刊「ザ・フナイ」原稿

2015年4月30日(木)

(月刊雑誌『ザ・フナイ』2010年1月号より)
「ゴッホ・コード(日本文字)の解読」による国際交流と妨害事件

 平成21年8月20日品川のグランドプリンスホテル高輪において8月度船井塾の講師として招かれ「ゴッホの日本文字解読」の講演を行った。

 講演時間は途中休憩時間を入れて4時間。
これは私が要望した時間ではなく、主催者側からの要望であった。

 私にとって講演時間が長ければ長い程結構な事だが、一般的に3時間45分という時間は聴講する人にとっては長過ぎる時間であろう。

 しかし、船井塾に参加する人達にはごく普通の様である。それ程、聴講する人達の真剣さとレベルの高さがうかがわれる。

 というのも、この講演のきっかけは私の本のファンである黒木光廣氏の先輩である池田整治氏の紹介で2009年5月22日に船井幸雄氏と面談したことから始まる。

 池田整治氏は陸上自衛隊の幹部であり、オウム事件の真相に直接携わった人である。
 空手道7段の保持者で肩書から強面の人を想像するが実際は人の良い4児のお父さんである。

 メルマガ「心のビタミン」(http://www.emaga.com/info/heart21.html)のブログを発信しており、月刊「ザ・フナイ」2008年4月号でも船井幸雄氏との対談が特集されているので多くの人がご存じだと思う。

 その池田整治氏から度々丁重なるお手紙をいただいている。いつも四季折々のメッセージが込められて情感のある人間的な文章が綴られている。

 そして重要な事はその様な人間的感性の面から食品や薬の危険性、新インフルエンザの問題性などを根本的に訴えていることである。

 時にして心を打つ様なすばらしい文章で語る事もある。真摯に真面目な人で正義感の強い人だから私も彼の言葉を真摯に受け止めている。

 しかも彼は30年前に出版した私の「七次元よりの使者」(某宗教団体の圧力によって絶版)の小説を国会図書館から全文コピーして愛読してくれている人だから、私も頼もしい味方が増えたと喜んでいる。

 その様な人が参加する船井塾だからレベルが高いのも当たり前だろう。
 本来ならこういう塾では宇宙の話や生命論を講義したほうが私の本領が発揮されていいものだが、私の今の立場からではゴッホと日本の関係、そしてそこからこれからの日本人がどう歩むべきかを講義するほうが精一杯というか、基本的立場なのである。

 講演後の反響は大きかった。しかし、残念ながら船井幸雄氏はこの日身体の調子が悪いということで退席されていたので、是非とも違った形でもいいからゴッホと日本の関係の話を聞いて欲しいと思った。

 というのも、今の日本を本来の日本、独立した日本に戻すために重要な方だからである。

 幸いに月刊「ザ・フナイ」の編集長、高岡良子女史から執筆依頼と船井幸雄氏との正月号での対談の申し出があった。

 この機会を通してゴッホが憧れた江戸時代の日本がいかに西欧の文化、政治、経済までにも大きな影響を与えたかを「ザ・フナイ」を通して日本人に再認識してもらえればと思った。

 この様な考えに至ったのも5月22日に船井幸雄氏と会ったことが発端であった。はじめに黒木氏や池田整治氏からゴッホの講演を船井総研で講演しませんかという話があった。

 会員数も多く影響力も大きいという話であったが、正直言って私は船井総研のことも船井幸雄氏の名前も存知あげていなかった。

 そこで船井幸雄氏とは一体、どういう方なのかと興味が湧いた。知人や若い女性にも聞いてみると皆が“有名な人”と口々に言うから私は正直驚いた。知らないのは私だけのような気がしたからである。

 ある知人が言うには、“船井総研は昔、経営コンサルタント業で最初の上場企業を果たした会社、最近では精神世界の分野では超有名”だそうだ。

 企業と企業のコンサルタント業務と精神世界の橋渡し・・・この両者は一般ではそれぞれ全く別なものとして理解しがたい組み合わせだろうが、企業と企業の橋渡しをまじめに考えたら企業と企業を結びつけるものは金ではなく、人間性の信頼関係だと気付くだろう。

 とすれば、船井幸雄氏はその人間関係を発展させる為の人間づくりに人生をかけた結果が精神世界や真実世界とのコンサルタント、もしくはコンタクトになったと私なりに勝手に理解した。

 そこで、ともかく船井幸雄氏が出された本を探しに東京八重洲ブックセンターに行ってみると、本があるわあるわで、どの本を買って読めばいいのかと悩むほどだった。

 それでも興味深いタイトルの本を4-5冊位買って読んでみた。素直な感想は有名人で金持ち(失礼!)の人の割には懐疑心がなく、人の意見を素直に聞いて評価する人だと思った。写真でお顔を見るとお寺の豪快な和尚さんに見える。

 日本の大企業のトップが皆こんな人達だと日本ももっともっと良くなるなと考えるほどである。

 そんな訳で東京の船井本社で船井幸雄氏と面談したけれども、最初に池田整治氏が私の小説のコピー、それも分厚いコピーの束から赤線で引いた箇所を示しながら、「30年以上前にもう既にこんな事を書いているのですよ」と私の前で述べられるのには苦笑した。

 船井幸雄氏は終始ニコニコして少々の驚きを示しながら私の話を聞いていた。

 そして、月刊「ザ・フナイ」での対談を提案してきたので、私も「ザ・フナイ」の使命を感じ取り、その様な理解のもとで、月刊「ザ・フナイ」の掲載原稿と船井幸雄氏との対談を快く了承した。

 先ず「ザ・フナイ」の月刊誌の特色を理解するに当たって最初に目につくのは表紙のタイトルの下に“本当の情報”と書かれていることだ。

 そして、執筆の先生方には副島隆彦氏や古歩道ベンジャミン氏、飛鳥昭雄氏等の名前がみえる。 
 実のところ、私は諸氏が出される本を楽しみにしている読者でもある。
 確かにこの人達の名前を見て“本当の情報”という言葉に偽りはないと思う。

 例えば副島隆彦氏の著書には「ドル覇権の崩壊」や「恐慌前夜」など世界経済の内幕を記した物が多い。

 特に「次の超大国は中国とロックフェラーが決めた」(徳間書店)は世界経済を動かしている人達の名前をズバッとタイトルにしている程である。

 その副島氏の本には「人類の月面着陸はなかった論」のような本もあり、タイトル名だけ見ても飛鳥昭雄氏の「アポロ計画の謎と月空洞論」等と対照的で面白い。

 飛鳥昭雄氏の本では人類は月に降りた事になっているが、それもアーム・ストロングではなくバズ・オルドリンになっている。
その情報は「アメリカ航空宇宙局(NASA)」の関連機関である「カルフォルニア工科大学ジェット推進研究所」の研究員である「ジェイムス・J・ジェファーソン」(仮名)から聞いた話だと記述する。そこで私は直接バズ・オルドリンに会って話を聞いた。その写真がAである。

写真A

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写真B

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 右から2番目が私で、私の左が問題のバズ・オルドリンである。

 といっても顔を知らない人も多いと思う。

 そこで最近アーム・ストロングと共にアポロの記念式典に彼も出席して、ニュースになったからその時の写真と比べ合わせれば納得できると思う。

 バズ・オルドリンの左が世界で最初に宇宙遊泳したロシアのレオーノフ宇宙飛行士で、私の右がロシア宇宙飛行士協会会長のコバリョノク宇宙飛行士である。

 彼らが宇宙飛行士だという証明のためにもう1枚の写真Bを掲載した。

 この写真は日本で開かれた宇宙飛行士会議のときの写真で、左が前述したロシア側の議長であるレオーノフ宇宙飛行士で、右が毛利宇宙飛行士の写真である。

 私が確認の調査をした結果、月面に最初に降りたのはアーム・ストロングではなくジェファーソン氏が述べるようにバズ・オルドリンだったことが判明した。

 しかもバズ・オルドリンが最初に月面に降りた時に見た(・・)もの(・・)(存在者と存在物)の詳しい話を聞いた。

 その話は飛鳥氏の著書や本人との対話を交えた機会があったら記述したい。

 さて、前述した副島氏が「ザ・フナイ」(2008年4月号)で記した〈誰も書かない世の中の裏側(1)冤罪「植草事件」〉というタイトルの原稿は非常に興味深い。

 ここで出てくる植草事件とは早稲田大学教授である植草一秀(うえくさかずひで)さんが2004年4月8日品川駅の上りエスカレーターで自らが持っていた手鏡で女子高生のスカートの中を覗いていたとして現行犯で逮捕された事件のことである。

 私はジャーナリストの鈴木棟一氏が主宰する「一木会」や「社稷会」で度々植草さんと会ったり、話を聞いたり対論したりした間柄だったから全く他人事とは思えない。

 丁度この事件が起きる前、私は鈴木棟一さんに連れられて植草さんと一緒に平沢勝栄議員の応援パーティーに行った経緯があったから、尚更である。

 情に厚い亀井静香(現郵政民営化・金融大臣)議員や石原慎太郎都知事に挨拶しているうちに、いつの間にか植草さんは我々と離れていた。

 同行中、植草さんはほとんど私と挨拶も話もしなかった。

 前に一木会の会合で消費税の政策論で私と植草さんは会員の前で対論したから、プライドの高い彼は私を敬遠したのだなとその時は思った。

 と言うのも、竹中平蔵金融大臣(当時)が押し進める郵政民営化政策に対し真っ向から反対した亀井静香議員が、竹中氏に代わって植草さんを用いようとした動きや小沢一郎議員(民主党幹事長)が植草さんを評価していた状況から考えれば、彼の優秀な頭脳に反論できる者はほとんどいなかった状況の中で、講座を聞いていた人々の前で私に丁重な反論をされたことがいたく傷つけられたのかもしれない。

 あるいは彼の論理に反論する者は竹中一派の輩と彼の眼に映ったかもしれない。
 今になって同情する思いである。

 だから、副島氏のこの原稿には大いに感じるものがある。

 副島氏はこの植草事件の被害者である女子高生は婦人警官だと主張する。
 しかも、植草さんが二回目に起こした電車の中での痴漢事件の時の被害者である女子高生も婦人警官だという。

 そして、どうして警官がこのような事をするのかという疑問に対して、警官の中にはアメリカに留学してCIA(米中央情報部)に育てられた人達がいて、彼らはアメリカの為なら、それこそ冤罪でも何でも起こす人達だと説明しているのだ。

 つまり副島氏は小泉郵政民営化によって郵貯の金300兆円以上の金がゴールドマンサックスに流れると指摘し、その指揮者が竹中平蔵大臣(当時)で、その対抗者が植草一秀氏だと記述する。

 世間的な読者は「へえー、そうなの」と思って読むかもしれない。
 しかし、嘘とか本当かという事実よりもこういう様な文章を書く事自体大変な事だと思う。

 そこで副島氏が何故この様な文章を書いたのかの理由を副島氏の言葉で語ってもらうのが一番理解しやすいと考え、「ザ・フナイ」の編集長におことわりして、その心境を「ザ・フナイ」の掲載文から勝手ながら書き出してみた。

 「植草氏はハレンチ罪ででっち上げられたのだということは、心ある人々は皆、分かっている。アメリカの日本管理責任者たちの指図を受けた連中がああいう凶暴なことをやるのだ、と分かっているのです。

 そして皆、事実を語るのが怖いのです。
 今度は、自分がやられてしまいますからね。

 私だってこういうことを公然と書くと、いつ攻撃されるか分からない。

 でも私はもう覚悟しているのです。

 私は、これまで自分の知ったこと、学んだことを土台にして、事実しか書かないと決めた言論人である。
 そのために自分に何が起ころうと覚悟している。
 このことに誇りを持って生きている。私は自分を本当の愛国者だと思っている。

 だから、植草事件の真実を、恐れることなく世の中に向かって書かなければ気が済まない」

 副島氏の心境がこの言葉で説明されている。
 私も著述業の身、真実の事が書きたくても書けないことがたくさんある。
 また、書いたとしても掲載する出版社がほとんどないというのも現実である。

 それゆえ副島氏の勇気と正義感を称えると共に、この様な文章を掲載する「ザ・フナイ」の編集長にも敬意を表したい。

 そして、この様な副島氏の記述から正義感と真の愛情が伝わってくる。
 真の愛情をもって国を憂い、正義感を貫く人こそ真の愛国者だと思う。

 CIA配下のニセ右翼などは偽善の愛国者だ。
 植草さんに対する副島氏の愛情を私はこれこそが友愛と鳩山首相に語りたい。

 そして、もし真実が副島氏の主張通りなら、これは日本国民にとって大変な事件であり、この様な記述を載せている「ザ・フナイ」は大変な月刊誌になる。

 面白い事に真実を求めて自分の足と眼で確かめる生粋の新聞記者上がりの鈴木棟一氏は、会員の前で植草さんは平成のジャンヌダルクだと言い続けてきたことがある。

 昔なら火あぶりの刑になっているところを単なる痴漢の冤罪程度で済んでしまったとしたら、不幸中の幸いかもしれない。

 つまり現代は汚名が晴れれば再一度復活できるからである。

 その時は英雄になっているだろう。是非ともこの事件を真のジャーナリスト達が取り上げて、植草さんの汚名を取り除いてあげて欲しいと願う。
 さもなければ次の冤罪犠牲者が出てくるからだ。

 もっとも、この様に述べる私もフランス国会でカルト指定された日本の宗教団体から執拗に嘘のデマを流されたり、嫌がらせや圧力を35年間も受けている。
 いまや日本のマスコミ界は、この団体に牛耳られている状況である。

 例えば、数年前に私のゴッホの日本文字解読の論文を秋田市の市民新聞「あおぽ」で連載していたら、秋田県の民放全社が連盟で私の原稿を載せるな、載せた場合には制裁をするという様な文章をあおぽ本社に送りつけた事件が起きた。その文章が写真Cである。

(写真C)

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 この文章では「番組広報資料の提供再検討について」と題して、秋田放送事務局長・奈良岡勇、秋田テレビ事務局長・千葉正義、秋田朝日放送編成事務局長・小林寿文の連名で、「最近は五井野博士に関する記事や、ゴッホの絵に関するシリーズなど、掲載内容がかなり違ってきたように思われます。

 伺うところ、読者の強い要望とのことですが、一般的な内容とかなりかけ離れていると思わざるを得ません。

 今後ともこのような編集方針を貫かれるようでしたら、10月改編以降、タイムテーブル、原稿、写真等の番組広報資料の提供を再検討させていただく所存であります。以上、秋田地区民放3社の総意として申し述べます」と書いてある。

 「あおぽ」発行の会社は言論出版妨害だとして圧力に屈しなかった為に、民放各社は制裁を実行してきた。

 その時の事情が「あおぽ」の一面に掲載されて秋田市民全員に知られることとなった。その時の「あおぽ」の一面がDである。その後の謝罪は全くない。

(写真D)

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 文章を読めば民放が恥じも外聞もなく、よくこんな文章を出したなと誰が見ても民放各社の言論弾圧が明らかなはず。この事実が秋田市民全体に公開されたのだから民放各社はすぐに非を認めてトップが謝罪するはずなのだが、それがないのは背後に圧力組織があるからだと推測する。

 と云うのも石塚編集長がテレビ局に事情を聞きに言った時、応対した女性が「あおぽ」や私のことをカルトだからと中傷したからである。

 言論の自由の妨害のみならず名誉毀損ものである。逆にその様な馬鹿な発言を強要させる組織は前述した宗教団体しかない。何故なら私はこの宗教団体を自著『科学から芸術へ』で、フランス国会で指定されたカルト団体と書いたものだから、彼らは逆に私のことをカルトとオウム返しをしてマスコミ界にデマを流してきたからだ。

 例えばこの団体のトップが信者を強姦したとして、その女性被害者が裁判を起こした問題を週刊新潮が取り上げた時に、このカルト団体はこの週刊誌の事を「強姦新潮」と呼んで、あげ面に批判したことがある。

 しかし常識的に考えて信者のトップが信者の女性を強姦する事はあっても、週刊新潮がなぜ強姦するのか。

 まるで笑えぬ漫才のような話である。まさに頭隠して尻隠さずの例えの通り、単なるオウム返しの批判しか出来ない幼稚な発想の組織なのである。

 「あおぽ」の言論弾圧事件の10年前にも、ある週刊誌が私のロシア芸術アカデミー名誉会員就任の事実を虚偽の噂まで作って2ページのグラビアで名誉毀損した事件がある。

 そこで名誉毀損で訴えようとしたら、ほとんどの弁護士が嫌がった。

 ある弁護士は大手マスコミを訴えるのは好きじゃないと断ってきた。つまり弁護士の職務を損得で判断して離脱しているのだ。

 後に知るに、そのカルト宗教団体は裁判官や弁護士など多くの会員を抱え、法曹界にシンパを拡げていたのである。

 彼らはトップの号令一つの下に組織を挙げて私を闇に葬ろうとしていた。

 彼らは私の本を出版していた出版会社の社員を買収し、社長の気をおかしくして出版社を高額で乗っ取り私の本を全て絶版にして、その後出版社を清算してしまった。

 また、ゴッホの所有していた浮世絵やゴッホの日本文字を解読して、ゴッホのユートピア日本の絵を描いた私の絵の展覧会が世界の国立、公立美術館で行われてきたが、その展覧会に対しても執拗に妨害し、某暴力団さえも使って私の命を何度も狙ってきたのも事実である。

 何故、宗教団体のトップがそこまでするのかと疑問の多い人もいるでしょう。

 それは昭和48年2月に、この宗教団体のトップ(当時の会長)に『一念三千論』を提出したことから始まる。

 その一年後に、その会長のお下がりの女(子供付き)と結婚し、幹部になった先輩が一人の女性を連れてきて「たっちゃん(私の愛称)、頼むからこの女性と結婚してくれ」と執拗に頼まれた。

 その訳を聞くと、会長から頼まれたからと言うのである。

 それでも私は断った。すると、それから私の社会運動にありとあらゆる形で妨害してきた。

 やがてその会長は私の理論を自分のものにして、その宗教団体のカリスマとなった。

 しかし、一部の人達はこの会長の行動を批判し、本来の宗教団体に戻るべきだと外部にこの会長の実態を流し、大きな社会問題になったことは多くの人が知っている事実だと思う。

 それゆえ今日まで、このトップの意向でこの宗教団体があらゆる形で私に迫害をしてきているのである。

 私が国際的に様々な面で活躍し、フランス等で得た国家勲章に対しても大使館ぐるみで妨害するなど、私の名誉と地位をどれ程に毀損してきた事か。

 その事実を知れば世界中の人が驚愕する程であり、ほとんどの国民はまさか!と理解できないであろう。

 そういうわけで、このカルト宗教団体に動かされた外務省は私の海外での活動に様々な形で妨害してきた。

 この事は鳩山首相が野党時代に私と日ロ外交を共にしていた時に外務省や政財界から圧力や妨害を共に受けてきたことが度々あるので鳩山首相は充分にこの事を知っており、他にも色々な政治的妨害があったために永田町の政治家の間では承知の事実となった。

 もちろん日本だけでなく、フランスやスペイン、ドイツ、ロシア等の著名な文化人や政治家達にもこの事が知れ渡っている。

 それゆえ宗教や政治思想、人権、国籍、年齢や性別による人権の迫害や生命の危険から身を守る為に国際的なネットワークを作ることになった。日本の名称は「人権擁護安全保障連盟」である。

 会長に鳩山由紀夫衆議院議員(当時)、理事長に私が就任し、副会長に実力議員達が就任してくれた。写真はその時の設立委員会の会議の時の模様である。

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 現在は一般社団法人になっているので心ある人達の参加を歓迎している。
 特に前述した「植草事件」のように人権侵害に関係する事件の真相を追究し、正義を愛する「ザ・フナイ」の読者なら大歓迎である。
 詳しい事は「東京都千代田区永田町2-4-7秀和永田町レジデンス302号室「人権擁護安全保障連盟・ザフナイ」係 e-mail : info@human-dignity.jp
 FAX03-6268-8034」にお問い合わせ下さい。

 一般の宗教団体は仏や神に対する信仰心を土台として、それによって生まれる道徳心や心の平穏、精神的向上などを願って社会的貢献を目指すものである。

 それがゆえに社会的公益団体と見なされて税金の免除など様々な特権が与えられている。

 ところが逆に、この税金等の特別配慮を特権として宗教団体を形作るケースがしばしば社会問題となっている。

 さらに信者達の社会改革の向上心や利益願望を利用して、政界、経済界、マスコミ界に深く関与し、行政、司法さえもコントロールできるようになると国家を支配しようと野望を持つ宗教団体も出てくる。これがカルト宗教団体の実態である。

 例えば世界の政治、経済、マスコミを支配し、9.11事件やアフガニスタン侵攻などありとあらゆる陰謀を企てて世界支配を企む組織があるが、これこそ典型的なカルト宗教教団といえよう。

 そして日本でもオウム真理教などがあり、さらにフランス国会などから指定された宗教団体がいくつかある。

 中でも信者数が多いカルト宗教が政治権力を持てば、官僚の中にどんどんその会員が増えて、その為どれ程恐ろしい世の中になってしまうのか!オウム真理教事件の例を引かなくても充分に分かることであろう。

 その危険性を防止する為に日本国憲法は厳しく政教分離を明記している。

 憲法を遵守しなければならない政治家たちは政教分離の意味を充分に分かっているのに選挙の票欲しさに醜くもひれ伏すのである。

 それゆえ鳩山首相や小沢幹事長が脱官僚を掲げるのは官僚が日本を事実上支配しているという問題だけではなく、こうしたカルト教団の官僚支配化の恐ろしさを知っているがゆえにと考える。

 何故ならカルト教団員の官僚たちがスキャンダルや金で他の官僚たちを支配、操縦する様になったら政権が変わってもカルト教団にやがてコントロールされてしまうからである。

 ましてや脱官僚を目指し、政権交代した民主党が選挙のためにこのカルト教団と手を組むようだったら、即、民主党は解体するであろう。

 今では国民も議員もその正体を知り尽くして政権交代の大きな原動力となったのだから。

 幸いに鳩山首相や小沢幹事長はこのカルト教団と対抗して政権交代を果たし、脱官僚と公約して明治以来の官僚システムの打破を目指すと明言している。明治以降の官僚システムを打破するという事は、それ以前の、つまり飛鳥時代から江戸時代までの歴史的に形作られてきた制度に戻るということになる。

 その集大成が250年の平和を維持し、世界に誇れる高度な文明社会を作り上げた江戸時代という事になる。

 つまり明治時代は薩長が西欧社会を模範として、それ以前の幕藩体制を壊す為に薩長を中心とした中央集権の強い官僚システムを作って、その中に国民を従属させてきた時代である。

 脱亜入欧(アジアから離れて西欧に加入する)の思想の下で文化、政治、経済、軍事、教育と何から何まで欧州を模範とし、中国や韓国、さらにそれまでの日本の伝統や習慣、道徳などありとあらゆるものを軽蔑してゴミ屑のように捨て去った。

 だから明治の教育では江戸時代の制度は一方的に封建制度と侮蔑して江戸の文化史を改ざんし、誤った江戸史観を国民に教え込ませてきたのである。

 私はその非を改めようとして28年前に自著『法華三部経大系』を出版し、その第3章にこの事を記した。

 さらに自然の中で人間らしい生き方をしてきた古き良き時代に日本を戻す為に「ふるさと村情報」という雑誌を創刊し、全国の書店に並べた。

 その中で危険食品や東京都の水道水問題、農薬の化学肥料問題などを告発しながら無化学肥料、無農薬農業を推し進め、モデルケースをどんどん作って雑誌で紹介した。

 その結果、無農薬、無化学肥料の野菜や果物が一般の農家でも生産され、流通も出来て人々の食卓に並ぶようになったことは喜ばしい事である。

 また人々は水をスーパーで買って飲むようになり、食べる物、飲む物の安全性を注意するようになった。

 この事自体は良いことだと思うが、商業主義が消費者の無知にぬけめなく入り込んでペットボトルや偽装表示など新たな問題を生み出している。

 その様な商業主義は明治に入って西欧から取り入れたものであり、本来の日本人精神ではない。

 この点について「ザ・フナイ」で度々登場する知人であるベンジャミン・フルフォード氏が大田龍氏との共著「まもなく日本が世界を救います」の中で詳しく記されているので参照して欲しい。

 もちろんここで言う「日本」は明治以降の今の日本の事ではなく、自然融和、リサイクル社会、自由と平等社会であった「江戸時代」の日本の事である。

 先ず、江戸時代の官僚システムというのは官僚に当たる武士が少人数で地域を管轄していた。

 というのも統治経済は住民の自治に任せたから少人数でも可能だった。

 そして、その武士は高い倫理観をもって質素な生活をしていたから質の高い行政管理が出来、しかも100万都市をたったの300人で全て行政を執り行っていたと云うからから財政的にも負担が軽いということになる。

 それでいて治安が世界一良いのだ。

 住民も社会的公共心を持っていたから街は美しく、河沼の水は飲用出来るほどきれいで、貧民も相互扶助の精神で助け合うから飢えて死ぬという人もいなければ、泥棒もいない。

 こう聞いてくると明治以降の教科書に洗脳されている今の私達はこんな話を聞かされてビックリするかもしれない。

 しかし、これは真実なのである。江戸の幕末に来た著名な外国人が語っている言葉がそれを証明するであろう。

 例えば英国の駐日大使ラザフォード・オールコックが1859年(安政6年)6月に来日して1862年3月に帰国するまでの間に滞在した手記が「大君の都」として出版されている。

 彼はその中で日本の田舎や江戸市内の道や街路は良く手入れされて、きわめて清潔で汚物に邪魔されず通行するのに楽であると語り、彼が訪れたアジア各地やヨーロッパの都市と比較して全く正反対であると述べている。

 また、個人の自由と平等に関しては西欧の民主国家よりも日本の街や田舎で働く労働者の方が多くの自由を持っていると記述している。この件に関して来日した多くの外国人も同様に語っている。

 例として「逝きし世の面影」(渡辺京二著、平凡社出版)という本が出されているが、その本には日本に来た外国人が後に日本の印象を書にして発刊した文面を数多く引用して、江戸時代の姿を真に説明している。

 第7章の「自由と身分」では出島のオランダ商館勤務のフィッセルの言葉を載せている。彼は西欧で日本は専制主義の封建社会と認識されていたが、実際は正反対であって専制主義は名目上だけで実際は存在しないという。

 このフィッセルの記述から分かるように当時の日本観がそのまま明治の日本に持ち込まれ教科書となった為に、今日我々は誤った江戸時代の認識をそのまま固守しているのである。

 また彼は日本には奴隷制度という言葉もなく、勤勉者は高く尊敬され、下層階級の人達も生活に満足して、食べ物に困る貧乏人は存在しないと説明している。

 そして階級の上下の関係は丁寧で温和だという。

 法は平等で、法の上に立つ人はいない。

 そして、もっとも身分の低い商人でさえ最大限の自由が与えられていると記述しているのである。

 面白いのは、1854年のドンケル・クルティウスの本国オランダ宛の報告書だ。

 この報告書では一般人はかなり自由な生活をしているが、公職者(武士)は不自由で、その頂点に立つ者(将軍、大名)は掟(おきて)を守る奴隷の頭(かしら)とも呼ばれていると書かれた文面である。

 つまり、今で言うと首相は法を遵守する奴隷の頭ということで、官僚は国民の奴隷ということになる。

 この事は名目上は専制主義の封建社会であっても実際は庶民が主権を持ち、自由と平等を最大限に味わい、逆に支配者たちは不自由で法に縛られ奴隷の様だという事実を表しているのだ。

 とすれば、官僚は国民に奉仕するというのが民主主義の理想であるが、江戸時代ではなんと理想以上になって官僚は国民の奴隷だったのである。

 だから薩長は陰謀と外国の軍事力を借りて法に縛られた徳川幕府をなんなく倒せたのである。薩長政権のための中央集権型官僚制度が造られ、財産税がかけられたことによって国民が次々と資本の奴隷化されてしまったというのが現実の姿なのである。

 さらに徴兵制度が作られ、欧州列国の野望のために中国、韓国、ロシアとの戦争に日本国民が借り出されてしまった。

 そして、戦争、戦争と明け暮れた後に終に全世界を相手に戦争した結果、敗戦。

 連合軍の占領、米軍の委託統治、政治、経済、軍事、教育、マスコミの米国統制化が行われ、そのまま続いて今日の日本となっているのである。

 そこで、日本人の血を流れ受ける者は古き良き日本を思い出さなければならない。

 それはかつての日本が「地上で天国(パラダイス)、あるいは極楽(ロータスランド)に最も近づいている国」と述べている英国の詩人エドウィン・アーノルドが日本に来た時の言葉に耳を傾けるべきだろう。

 この様な賛辞はアーノルド氏だけでなく、前述したフィッセル氏も「この地上の天国、またその美しい自然」と表現しているからだ。

 この様な自由で平等で、しかも自然の美しさの中で公共心を持った人々が互いに助け合った、かつての江戸時代の日本が西欧の知識人に大きな影響を与え、西欧に日本的な自由と平等と文化が生まれ、江戸時代の日本こそ理想的な社会だと主張する文化人が次々と現れたのである。

 この時の思想がジャポニズム(日本主義)であり、この言葉を日本趣味と訳す学者は無教養の非日本人ではないだろうか。

 このジャポニズムに大きな影響を受けたのがインプレッショニスト(日本では印象派と訳されている)と呼ばれたマネ、モネ、ゴッホ、ロートレック等の画家達である。

 特にゴッホは、

「僕らは日本絵画を愛し、その影響を受け、全てのアンプレッショーニストの画家に共通することだが、それなら僕らはどうしても日本へ、いうならば日本同様のところに行くということだ。それは南仏だろう?」   (ゴッホ書簡500 アルル1888年6月4日頃)

と、述べ理想の国、日本を南仏に見立ててアルルに行くほどである。そして、アルルの地で友人である画家のベルナールに手紙を書く。

「あなたに書くと約束したように、私は先ずこの地方が澄みきった空気と鮮明な色彩効果を持つ日本の美しさと同様に思われる土地として私には見えることを伝えることから始めたい」
(書簡B2 ベルナール宛 アルル1888年3月)

 この文章でわかる様に日本とは美しい国というイメージがベルナールと共有してゴッホの頭の中にあることがわかるだろう。更にゴッホにとっては

「黄色と菫(すみれ)色の花が一面に咲いている野原に取り囲まれた小さな町、まるで日本の
夢を見ているようだ」
(書簡487 テオ宛 アルル 1888年5月 )

 と述べるように美しい花が一面に咲いた野原に取り囲まれた町が日本のイメージと重なっているのである。

 というのも前述した「逝きし世の面影」の本の第11章ではオランダ人ハラタマ氏の江戸の印象として、

「町中ところどころに公園といってよい大きな庭園があるので、まるで田園の村の中にいるような気分になります」

 と、いう記述や数多くの外人達が口々にヨーロッパと比較して江戸ほど美しい町はないと、自然に取り囲まれた江戸の美しさを述べているから、当時の西欧人にはこうしたイメージが日本の印象に映っていたのであろう。

 そこで、

「僕の親しい弟よ、僕はまるで日本にいるみたいだということを君は知っているよね」
(書簡469 テオ宛 アルル 1888年3月14日頃)

 と述べるようにゴッホは花咲く美しい町アルルを日本同様に考えたのである。それは妹の手紙の中で、

「“僕は日本にいる”と、ここでいつも自分に言い聞かせているから、僕のほうは、ここでは浮世絵を必要としない」
(W7 末妹ウィレミーン アルル1888年9月9日頃)

 と書いていることから理由が分かってくる。

 確かに文章だけでは実感がわかないが、浮世絵にはそうした美しい江戸の町々と人々の生活が描かれている。
ゴッホはそれまで浮世絵を見て美しい江戸の町を夢見ていたが、今は現実にアルルの中に日本と同様の美しい町を発見したのである。

 それにしても何故ここまでゴッホが「日本」にこだわっているのか?その理由はゴッホがアルルに行った前年(1887年)のパリ時代に描かれた2枚のジャポネズリの絵に描かれた日本文字を解読すると分かってくる。

07.jpg 「花咲く梅の木」 ゴッホ美術館

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「雨中の大橋」 ゴッホ美術館蔵             

 その日本文字を解読しない限り、ゴッホの絵画が全く理解できないということが明らかになってくる。

 私はこの文字を世界で最初に解読し、ゴッホの心情とゴッホが夢見た日本を表現した絵画を歌川工房で制作し、日本の公立美術館で次々と展覧したところ、海外の国立美術館でたちまち評価され、遂に平成7年9月に世界三大美術館の一つ、ロシア国立エルミタージュ美術館で展覧会を開く事になった。

 展覧した絵にはふる里・日本の世界が描かれ、見る人を江戸時代にインナートリップさせる力がある様でどの国の美術館でも大反響となり、ロシアでは後に「ロシアは日本の江戸時代に戻らなければならない」と大きなタイトルで新聞前面に特集するほどである。



 そこで、日本人なら知らなければならないゴッホ・コードとも呼ばれるゴッホの日本文字の解読をお勧めします。この解読本は日本オーダー出版で第一編、第二編(各1,000円)が出版されています。

 お問い合わせ先(日本オーダー出版:東京都新宿区愛住町19-19愛住ビル1階タンギーの店内 電話03-5363-0371 FAX03-5363-0372 e-mail:tanno@pere-tanquy.jp  ホームページはhttp://www.j-iop.com)

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