五井野正博士の月刊「ザ・フナイ」原稿

2015年5月1日(金)

(月刊雑誌『ザ・フナイ』2010年3月号より)
ロシアの火星計画の主任として

 2010年1月号の「ザ・フナイ」の原稿を送って、その後に高岡編集長に電話したところ、私の原稿が飛鳥昭雄氏やリチャード・コシミズ氏、さらに副島隆彦氏の正月号原稿との内容とタイムリーにリンクしていると非常に驚かれていた様子だった。

 それから後に私が実際に「ザ・フナイ」正月号を手にして読んだところ、全く高岡編集長の言うとおり偶然にも前述した方々の原稿内容と私の原稿の主なる部分がリンクしていた事に正直驚いた。もちろん、この様な驚きは私だけでなく「ザ・フナイ」正月号を読んだ方々にも共通した感想だと思う。

 と言うよりも、「ザ・フナイ」の読者はこの様なリンクはむしろ偶然とは考えずに私が飛鳥氏やリチャード氏、副島氏と知友で事前にお互いの予定原稿を話し合っていた、あるいは正月号特集の為に統一した編集方針によるものと思われたのではないだろうか?

  そこで、どういうところがリンクしていたかと新ためて説明すると、先ず飛鳥昭雄氏が正月号の特集原稿で「アポロ11号の月面着陸」と題して、アポロ11号の月面着陸の謎を解明する中で実際に月面に降りたのはアームストロングではなくエドウィン(バズ)・オルドリンだったという内容の記述だったことに対して、私の特集原稿はそのエドウィン(バズ)・オルドリンと私が実際に会ってその結果、彼が最初に月面に降りた事実、そして彼がそこで見たものは何か?という解答の記述をしていた事が将に偶然の一致となっていたことである。

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左から、世界で最初に宇宙遊泳をしたレオーノフ氏、エドウィン(バズ)・オルドリン氏、五井野博士、ロシア宇宙飛行士協会会長コバリョノク氏

 そして、次にリチャード・コシミズ氏の「世直し特効薬」と題された特集原稿では、米国や外国金融資本家達に動かされた自公政権が郵政民営化を頂点に意図的な緊縮財政による国内企業の破綻化政策を推し進めて慢性的不況を作り上げ、それによる国内資本の海外移動や国内優良企業の外国資本化が次々と行われた事を指摘している。

 更に製造業への派遣労働解禁政策によって解雇された労働者の賃金が三分の一に落ち込んだ事が、労働者の生活力だけでなく質までも落とされて、その結果、今や日本企業の総合力は三流国家へと弱体化したことを先ず問題分析している。

そこでリチャード氏は「世直し特効薬」のタイトルの主題どおり、その様な状況からの解決策として彼は鳩山首相が掲げる「東アジア共同体」構想を支持する。

 しかしながら、この構想の大きな障害となるのは北朝鮮問題で、彼は北朝鮮の背後に外国金融資本をヒモとする日本の右翼や2つの某宗教団体が問題解決を難しくしていると説明する。

 特に朝鮮半島出身系と言われるカリスマトップが率いる宗教団体(フランス国会でカルトと指定された日本の宗教団体)はノリエガ将軍を通して麻薬密輸事業に資金運用したり、ロックフェラー系ファンドに運用を任せたりして資金運営をし、自公政権に大きな影響を及ぼしていたが、今回のサブプライム問題で40兆円程の損失を受けてしまったと記述する。

その結果、サブプライム問題が裏金ショートを起こして自公政権が大負けしたと分析する。

 そこで、彼は民主党政権となった今こそ、これらの宗教団体に税金課税をする事が「世直し特効薬」だと言う結論に至っているのだ!

 そして0.1%課税でも国税の査察がこれらの宗教団体に入ることによって裏金ルートを追及でき、これによって政界浄化と裏社会に眠っているカネが世に出るために実体経済が良くなると力説して、筆を止めている。

 将に単純明快、悪の根源はこのカルト宗教団体にあり、と言う論評なのである。そしてこのカルト宗教団体から35年間も圧力を受けてきたというのが、正月号の私の特集記事の重要な部分なのである。

 言論出版妨害などの具体例を挙げて、何故このカルト宗教団体のトップが私に圧力をかけるかの歴史的説明(一念三千論問題)などを述べ、人権を無視したあらゆる妨害やデマ、そして命まで狙われた問題の対処方法として鳩山由紀夫代議士(現首相)と共に「人権擁護安全保障連盟」の設立に至った事を私は正月号で述べた。

 そして、国民と共に自公政権を倒して鳩山政権を作り上げた今日、このようなカルト宗教団体の悪事を止めるために必要な事は政教分離の憲法遵守と宗教課税であると記述した事が、リチャード氏の原稿と将に一致した考えの基本となっているのである。

そして、次の副島氏の原稿の場合は、「誰も書かない世の中の裏側(22)」の記述の主たる内容が、物理学の基本となるニュートンやアインシュタインの理論を仕組まれた大きな虚偽の体系として捉えている記述となっていることだ。

 彼は今の世界支配者達がアインシュタインを人工の神として計画的に作り出し、学校教育という公的制度を使って人々を洗脳してきたと主張する。

 そして最近になって、この学説の流れであるビックバン宇宙論は虚偽である事が世界中で知れ渡ってきたが、いまだにアインシュタイン教に科学者は盲目となっていると記述する。

 そして彼はアインシュタイン宇宙物理学教という宗教にも似た教えを信じきっている理科系の秀才と東大法学部卒の高級官僚によって日本国民は奴隷のように支配されていると結論付けた後、その様な官僚依存から脱却を目指している鳩山、小沢政権に期待していると記述する。

 経済学を専門とする副島氏がアインシュタインの理論にまで論じて言及するのは意外な面に感じられるのは私だけではないだろう。

 しかも丁度「ザ・フナイ」の正月号のTOP対談で私がアインシュタイン理論の問題性を指摘し、旧ソ連邦では正統的な学説ではないことを述べているから、両者の考え方が一致しているだけでなく、あまりにもタイムリーな問題定義となっている。

 しかしながら私は副島氏と一度も会ったことも話したこともない。

 彼がアインシュタインの事を書くなんて想像もつかなかったし、高岡編集長が驚いた様にTOP対談の内容が事前に副島氏に流れたわけでもない。

 現にTOP対談のテープ起こしは「ザ・フナイ」の印刷2-3日前だったから、既に副島氏の原稿は版下段階に入っていたのである。

 それゆえ副島氏がTOP対談の原稿を見る事も物理的、時間的にあり得ないし、高岡編集長からTOP対談の内容を聞く事も時間的にありえないのである。

 この様に「ザ・フナイ」正月号は偶然にも内容が互いにリンクしていただけでなく、内容が内容だけに事の重要性と真実性がより読者に強調されて伝わった結果だと思われるが、「ザ・フナイ」では発刊以来の大反響(高岡編集長談)だったそうである。

 おかげで大反響の余波がオーダー出版まで押し寄せて「ゴッホの日本文字解読」や「科学から芸術へ」の本の注文がたくさん来た事に改めて御礼申し上げます。

 そして、この様な同時性は「ザ・フナイ」の各執筆者の間に真実に対する大きな共通意識がある事と、真実は一つだという事が、これによって証明されたことになり、またそれと同時に読者もこの事を望んでいる事がはっきりしたと判断できる事が出来た。

 しかしながら、教科書やマスメディアとは違った真実の情報を知って、それを信じる事は逆に一般世間から孤立することにもなり、それがゆえに真実を知る者同士が互いに連携をもったり、情報交換をしたりして輪を繋いでいかなければ、単なる噂や冗談程度のレベルまでに押し下げられてしまう。

 そこで、この様な共通した真実の情報をより強固にしていくために、今回もこの共通した問題点を取り上げて、さらに深く究明していきたいと思う。

 先ず、飛鳥氏と私の原稿の共通点である、「アポロ11号の月面着陸」についてから始めたいと思う。

 と言うよりも、この件は世界中の人々にとって大きな関心がある問題だけでなく、人類史にとっても非常に重要なテーマであり、隠された真実を知る意味でも分かりやすい題材だからである。

 すなわち人類は本当に月に降りたのか?!という問題にまで発展するからである。

 そこで、人類が月面に降りた日(1969年7月20日)から今日まで既に40年以上も年月が経っていることから、この件に関して今の若い人達に聞いてみると人類が月に降りたという事を知らない人達もいるだけでなく、知ってビックリする人達もいる。

 それほど忘れ去られた出来事であり、月面有人飛行計画が今日まで継続性のない一過性の出来事となってしまっている。

 それゆえ正月号で特集された、月面を最初に踏んだのはアームストロングではなく、エドウィン(バズ)・オルドリンだというビックリ情報も若い人には宇宙飛行士の名前さえもピンとこない話なのである。

 しかしながら、教科書人間やマスメディアのみを信じる人にとっては大変な事である。

 彼らは真実を知る事よりも自分が信じてきた世界を否定する事のほうが恐ろしいのである。

 そして副島氏が述べているように東大卒の勉強秀才ほど教科書と違う真実ほど恐ろしいのである。

 彼らは○×方式もしくは解答の選択方式の受験戦争の勝ち残った人達だから、アームストロングに○を付け、エドウィン(バズ)・オルドリン×を付けるしか術(すべ)を知らない。

 あるいは「月面に最初に一歩を踏んで、人類にとって大きな進歩だと述べたのは誰か?次の内の人物から一人選べ」という択一問題の中でアームストロングという名前を見つけ出す作業を繰り返す事しか学んでいないのである。

 その答えの中にはガガーリンとか毛利さんとか、ともかく有名な宇宙飛行士の名前が書かれているだろうし、エドウィン・オルドリンの名前も多分書かれているであろう。

 その様な択一試験に対して生徒の中にはガガーリンと選んだり、毛利さんと選んだりする人もいるだろうし、「ザ・フナイ」を読んでいる学生ならエドウィン・オルドリンの名前を選んだりするだろう。

 しかしながら、解答にアームストロング以外は誰を選ぼうとゼロ点の評価なのである。

 それゆえ勉強秀才は教科書が変わらない限り、真実など知る必要はないし、それで十分なのである。

 すなわち支配者からみてマインドコントロールしやすい人間がこの国の国民をまた支配する社会システムとなっており、これは明治以降の教育システムと官僚システムに遡っていく。

 幸いな事に「ザ・フナイ」の多くの読者は教科書やマスメディアによるマインドコントロールの呪縛から抜け出しつつある状況にある。だから慎重にそのマインドコントロールを解いてあげなければならない。

 そこで飛鳥氏が「アポロ11号の月面着陸」の最終ページに「アームストロングは船外にオルドリンが出た後、月の地平線から現れた巨大な2機のマザーシップと飛び回るデルタ型のUFOを撮影している」と記述し、そのマザーシップ(母船)は円筒形で巨大なビルの大きさだったと記し、その時の写真が4枚掲載されている事について追順して考察してみる。

 もしこの記述と写真が「ザ・フナイ」ではなく教科書、あるいは権威ある学術書、もしくは科学雑誌だったら勉強秀才ほどこの記述が真実だと理解するだろう。

 かといって「ザ・フナイ」を見下して論じているのでない。

 本来ならこの様な衝撃的な大発見はNASAが公式に発表すべきものであり、アームストロングが公式に研究発表すべきものなのだが、それがないのは真実でないか、何らかの理由で隠しているかのどちらかになる。

 公式でないものはマスメディアでは掲載されないし、後の教科書にも載らない。
それゆえ勉強秀才はこの真実が理解できないし、結局否定することになる。

 しかしながら、マザーシップ(母船)の存在を信じられないとしても、UFOの存在の場合はかなりの人が信じているし、目撃している人も多いのも事実。

 UFOは「UNIOENTIFIED FLYING OBJECT」の頭文字の略語で一般に日本では未確認飛行物体と訳しているが、この言葉は米軍のエドガー・ルッペルト中佐が名づけた軍事用語で「国籍が確認できない飛行物体」の意味に使われたものである。

 既に飛行物体と確認しているのに「未確認」と認識するのは非常識な話である。

それゆえUFOという言葉は地球上にない飛行物体、つまり他の宇宙からやってきた飛行物体ということを意味する。

 思考能力や応用能力がある秀才ならこういう事はすぐに理解出来るだろう。

 そこで、もしUFOが存在しているならば月にその基地があってもおかしくはないし、アームストロングが写真に撮っていてもおかしくはない。

 すなわちUFOの飛行範囲は地球上だけでなく宇宙空間を移動する、つまり太陽系にまで及ぶことをイメージ的に人々は理解できるからである。

 もちろんUFOの存在はニュートンの古典力学やアインシュタインの理論では理解し難い現象で、理解できるなら地球人もとっくに製造している事であろう。

 というのも、高校時代にニュートンの古典力学やアインシュタインの相対性理論の誤りに気づいた私は、「7次元8空間12次平面理論」や「調和性理論」などの新理論を考え出した。

 その理論に基づけば、いとも簡単に空飛ぶ円盤の製造が考えられたから、UFOの存在は絶対的条件として信じていたからである。

 そこで100億円くらいあれば空飛ぶ円盤が造れると学校で声高に述べていたから、UFOの事が話題になった時、高校の同級生が私の家に突然訪れて私の父親にUFOを飛ばしているのは五井野君だろうと、真顔で質問してきた事があったくらいである。

 親父は「たっちゃんに頭のおかしい男が会いに来たけど横浜国大に入っているというから頭はいいんだな」と後日私に知らせてくれた。

 この頃は空飛ぶ円盤というと頭がおかしい人みたいな変人扱いにされていた時代であったが、この年、月面ではエドウィン・オルドリン達が巨大なマザーシップと遭遇していたのである。

 もし、このとき真実が映像で公開されていたならば、私も横浜国大の同級生も変人には見られずに先見の明がある進歩性人間と評価されていただろう。

 それゆえ日本では化学者になれても科学者は無理と考え、海外に出る事にした。それから25年の月日が流れたが、芸術の分野で世界的な評価を受けられるようになると高校時代のころの科学少年の夢が膨らんできた。

 すなわちアルメニア国立美術館で展覧会が開かれると、私の関心は宇宙工学とガンの治療薬に傾いた。

 そして、ソ連時代にミグの製造やミサイルロケットの技術でトップのアルメニア国立科学アカデミーで私の才能が評価され、宇宙ロケットの開発やガンの治療薬の共同研究のプロトコールの調印がサーキシャン総裁との間で交わされた。

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(写真1)
アルメニア国立科学アカディミーにてアカディミーとの協定書のサインに調印する。右端はサーキシャン・アカディミー総裁

 それからサーキシャン総裁と共にロシア科学アカデミー副総裁等の幹部達との交流が始まったが、会った人達のほとんどが私の意見や理論に驚きながらも賛同してくれた。そして、終にロシアの秘密計画である火星有人飛行計画の主任にまで打診されることになった。

 この事についてはウイッピータイムス13号(2001年5月10日発行)で「火星計画への道程」として記述しているので、その記述から全文をここに引用します。

「火星計画への道程」
貴方が火星計画のボタンを押す!

「五井野博士、貴方が火星計画のボタンを押す人である」
東京・表参道の喫茶店で、メリック博士(国際自然社会科学アカデミーアルメニア支部総裁)からまるでSF小説の世界の様に突然にこう言われたのは一九九五年六月の事である。

メリック博士は一九九四年アルメニア国立美術館での私の絵画の展覧会の時に協力してくれた人で、会員から私の著作物等の内容の話を聞いて私を天才だと認識したそうで、そこで私にどうしても会いたいと、会員に頼み込んでいた。

私もその話を聞かされて、メリック博士のその熱意にどんな人かと関心はあった。

そういう経緯からメリック博士は一九九五年三月に私のアルメニア科学アカデミー名誉博士号の授与式にアカデミー総裁と一緒に来日し大町のセンターで初めて会ったが、その時は将に鉄腕アトムのお茶の水博士という印象で、私の想像ピッタリだけでなく私の待っていた人はこの人だと一目でピンときたのである。

その時以来、何度かメリック博士にほんの少し物理宇宙理論を説いた事はあるが、その度に驚いて「五井野博士は天才だ、天才だ」と感激して握手を求められることはあったが、《火星計画のボタンを押すのは私である》という自覚に迫られたのは正直いって内心そうだとは思っていたとしても、現実的な私の今の状態においてこの様な権威ある第三者の人間から言われたのは初めてであり非常に驚いた。

この時、メリック博士のポテンシャルの高さと強い直観力によって自然に出た言葉だろうが、これが次々と現実的な形となってくるにつけ単なる直観力だけの言葉でない事に気付く様になってきた。

つまり、その年の九月私がアルメニア大統領より直々に駐日アルメニア名誉領事に任命される為にアルメニアに行った時の事である。

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(写真2)
(アルメニア大統領(中央)から駐日アルメニア名誉領事に任命された五井野博士。現在、某宗教団体の妨害が続き、国交断絶状態になっている)

その時、アルメニア国立科学アカデミー総裁他、アカデミー幹部との交流会とアカデミーとの協定書のサイン等をしたが、彼らは口々に我々はロケットの打ち上げ技術を持っている。五井野博士が宇宙計画を進めて行くならば我々は五井野博士の下で協力してゆくと、真面目に語ってきた事があった。

つまり三月、六月とアルメニア科学アカデミー一行団が来日してから彼らは私の話を社交辞令的に受け止めたのではなく、真面目にそして研究の価値があると認識してその具体的効果をどんどん押し進めようと努力してきたのであり、私は日本人にはないひたむきで純粋な彼らの姿に感動した。

さらに、その後ロシアにおいてロシア自然科学アカデミーの幹部が私をある秘密の工場に迫れて行ってくれたのだが、それは将に映画の中に私がまるで主人公として飛び込んでしまった様な錯覚さえ起こす程の印象として私の記憶に残す事になる。

それは前々から夢で見ていた光景とよく似ていて、(川崎に住んでいた頃の近くの工場の風景とダブっていて現実的な風景の夢と思っていたが)大きな古ぼけた建物がコの字形に路地を取り囲んでいた。

私と通訳、それにアカデミーの幹部を乗せた車はそこでストップして、私は車から降ろされたが、アカデミー幹部はその建物の古ぼけた看板を指して名称は工場になっているが、それはここが秘密の宇宙計画研究所である事を知られたくない為のカムフラージュである事を説明してくれた。

中に入ると厳重なチェック所があり、そこを通過すると大きな内庭があり、その真ん中辺りに大きな建物が数棟建っていたが、はずれの突き当たりの大きな建物の中に案内された。

何階だったかは忘れてしまったが、多分五~六階まで登ったと思うが広い部屋に通された。そこで、テーブルを囲んでこの施設の責任者が二~三人付き添いと一緒に私と対持してミーティングを行った。

責任者は設計図を広げながら、この建物はマース(火星)計画の為に使われ、貴方つまり、私がマース計画のプロジェクトの主任としてスタートする意志があるかどうかを告げてきた。私は非常に驚き、賛意を述べたが前もっての話は聞かされていないので、具体的な話は後に延ばした。

その後、別な部屋に案内され、ここがプロジェクトの司令官として私の執務室となると言われ、窓の外を示して、もし貴方、つまり私が望むなら外からこの建物に入る専門の入口を作っても良いと言われた。

窓の眼下には小さな池と並木道や緑地地帯があり、そこに車が通れる様な道を造作して、この建物の入口に入るだろうと想像をしたが大きな金がかかるなと思い、その金は私が出さなければならないのだろと勝手に思いこんでしまったので、素晴らしい考えですとか何とか言ったと思うが、火星計画という目の前の現実を実現するには先ず、大きなお金を作らなければという思いが頭の中に詰まって、夢の様な感じはまったく起きなかった。

もちろん私に経済的負担の話をしてきた訳ではない。むしろ生活保障がされるかもしれない。しかし、その場合は私はロシアの火星計画の中の単なる一人の役割でしかないだろうし、私もいつのまにかロシアの火星計画の枠の範囲でしか言動も行動も許されなくなるだろう。

ところがロシアは今、財政難である。これは逆に言えば私がもし財政的なものを私自身で作り上げる事が出来るならば私の考えによる私の考案するエネルギーと宇宙艇による私の火星計画が私の思うままに出来る事になる。

私の計画を現実的に実現化するにはこの方法が一番最適で、私に課せられた運命であり私の望む世界であると考えを新たにして、この火星計画を胸の内にしまったのである。

ガガーリンセンターで宇宙飛行士訓練

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(写真3)
ガガリーンセンターの中にある実物大の宇宙船ミールを見学しているウイッピー会員

 その後、私は重力軽減装置やLNG新燃料による宇宙飛行艇の話をメリック博士と同席したタス通信の記者に述べたが、記者は五井野博士は国家の宝だと非常に驚いた。

 その話は上部機関に伝えられた結果なのか、それとも意志の力によるものなのか、私はやがて女性初の宇宙飛行士テレシコワ女史と宇宙空軍アカデミー総裁で宇宙飛行を三回体験したコバリョノク総裁と会うことになる。

 それは一九九七年三月五日ロシアのヤロスラブリ州でのテレシコワ女史生誕六十周年パーティーに招待された時である。

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(写真4)
宇宙飛行士幹部が見守る中、テレシコワ宇宙飛行士に花束をささげる五井野博士

 州知事とテレシコワ女史、その友人、そしてコバリョノク総裁等、私とメリック博士を含め十数名でのテレシコワ生誕六十周年祝賀会の席上であった。

 私はまるで前から知人の如くコバリョノク総裁と対面し、コバリョノク総裁は私にモスクワに来たらアカデミー本部の訪問とコバリョノク氏の別荘に遊びに来る事を勧めた。

 コバリョノク総裁は制服に大きな三ツ星と胸に多数の勲章をつけた現役の大将である。それが、私と会うと、まるで金太郎の熊の様に私と腕を組んではしゃいで喜んでくれたのである。

 その時の私に対する姿勢は今も変わらず、今でも私と会うとそれまで部下に対して角張って毅然とした表情をしていたのをがらりと変えて子供の様に人なつっこく私と再会した事をはしゃいで喜んでくれるのである。

 それだけでなく時々、モスクワ空港にわざわざ出迎えてくれ、ある時は私達が飛行機から降り立つとメリック博士とコバリョノク総裁が待っていてVIP専用案内係の女性が嬉しそうにコバリョノク総裁と親しげな会話をして歩いていたのが印象的だった。

 途中ですれ違った軍人達がコバリョノク総裁を見ると驚きながら敬礼をして、二つのソビエト英雄勲章を付けている人を見たのは初めてだ等の言葉を述べていた事からも、いかにコバリョノク総裁がロシアにおいて、まれに見る偉大な地位を獲得しているかが感じられた。

 そのコバリョノク総裁が私の提案したLNGのロケット新燃料を研究したところ、ペイロードのコストが十分の一以下になりそれは画期的な事なので早急に実現化させたいと述べてきた事には、正直いって私の提案を真面目に検討して一年間位の期間の内にその結果を実務に組み込んで現実化させるという、この早さに本当に驚いた。

 更にコバリョノク総裁は米国のNASAにも考えつかなかったこの新エネルギーを私の立場を尊重してこのロケットエンジンを日口共同開発とする事にして、日本の科学技術庁とNASDAの責任者と会って是非とも実現したい旨を私に告げ、私もそれに応じてコバリョノク総裁を日本に招待する事を約束した。

 コバリョノク総裁の来日の前にウイッピー総合研究所の所員である東京大学ロケット工学卒業の清水貴夫氏とチェルノブイリのガンの子供達を救う為に一緒に活動してくれた三川かすみ女史が宇宙飛行士になるために一九九七年九月からガガーリンセンターで宇宙訓練の試験を始めた。

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(写真5-1)宇宙酔い防止訓練を受ける清水君

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(写真5-2)3Gから4Gの加重力テストを受け合格する

 その結果、清水氏はすぐにでもロケットに乗れると大きな適正評価を得られた。

 拉致未遂事件が起こる
 その年の十月、コバリョノク総裁が約束通り来日した。コバリョノク総裁は私と一緒に故小渕元総理(当時外務大臣)、谷垣科学技術庁長官、久間防衛庁長官等の重要人物と会談を行い、日・ロの宇宙開発協力が進められた。

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(写真6-1)元小渕首相の右側がコバリョノク総裁、左端がメリック博士

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(写真6-2)中央が谷垣科学技術庁長官(当時)、右端奥が総裁

 ロシアから初の大将がやってきたという事で宿泊先のニューオータニホテルでは公安が二十~三十人警護していたという情報が後で入った。

 そして、京都観光を楽しんでいた時に、京都から急遽広島の平和公園に予定を変更して、広島のホテルに泊まった時の事である。

 私名義のメリック氏の部屋に無言電話が三回夜中にかけられ、メリック氏がコバリョノク総裁の部屋に行こうとして部屋を出た時にドアの外に三人の大男が待ちかまえており、拉致される寸前にメリック氏は慌てて逃げ去ったという事件があった。

 一体誰が何の目的で私、もしくはメリック博士を拉致しようとしたのだろうか!!
 読者には推理小説まがいのこの私の話に驚いた方もいるでしょう。
 当然この事件の前兆となる出来事がロシアやウクライナで起きていた。

 それは、私が開発したG・P(現在デンマークの、日本の薬事審議会に当たる政府機関から治験医薬品として登録され、フェイズIIの臨床試験が行われ、大変な効果が実証されたところである)によるチェルノブイリの原発事故でガンに苦しむ子供達を救うボランティア活動を行っていた時である。

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 (写真7)
南欧やロシア、ラトビア、ウクライナ等の新聞にGOPの大きな効果が掲載される

 新聞テレビ等で、私の大活躍が報道されると、私のホテルの部屋にとぎれなく同一女性のコールがかかり、電話を切っても、切っても、しつこくかかってきた事がある。

 ロシアのホテルにおいても同様の事件があり、私の本を読んだのですぐに会いたいと英語で話しかけてきて、断ると「カモンベイビー」 と連発する。

 外国でさえこうなのだから、ましてや暴力団との関係を取りざたされている某宗教団体が支配する日本なら何でもありで、だから私は拉致される事を警戒していたのである。

 その後、キエフの国立ガンセンターでは50人の子供達が、全員良くなってきたところで、センターの所長が突然三〇〇万ドルを出さなければ、活動を続けさせないと言ってきた。

 おかしいと思ったメリック博士が色々情報を集めると、私を取材していた記者から、日本の某宗教団体が、ガンセンターと接触していたという情報が入った。

 ラトビアの国立ガンセンターでも大成果が新聞に載った後に、病院側の態度が突然におかしくなった事があった。

 キエフの場合、噂では三億円の金が日本から援助されたと、しかも現地では某宗教団体が出したという話になっているのだ。

 本当かどうかは真偽の範疇であるが、もし本当だとしたら、日本のチェルノブイリ基金が、現地では某宗教団体の基金にすり替わってしまっていることになるから、大問題である。

 追求してみると、その噂を裏付けるようにウクライナの日本大使館には、実は某宗教団体の外務省メンバーである、問題のI氏が赴任していたのである。

 この間題のI氏とは---過去に遡って話を進めると、一九九六年一月に、I氏が、外務省の機密書類を盗んでいるところを、外務省の査察官に捕まって、私の在日アルメニア名誉領事就任の日本での妨害や、エルミタージュ美術館の展覧会への妨害、私への暗殺未遂も含めて様々な妨害事実を白状したことにより、外務省筋の人達に知れ渡った事件が起きた事より始まる。

 この事を某宗教団体側は何とか世間に知らされるのを阻止しようしたのか、四月にロシア大使館で行われる予定であった、私のロシア芸術アカデミー名誉アカデミシャンの授賞式を、疑称六代豊国(裁判で六代豊国は自称であると判決され、自称六代豊国は完全敗訴となった)と金で買収されたと思われる自称画商の男がロシア大使館内に歌川派門人会の名を語って、二~三時間近く居座り、私への虚偽の中傷を行い、授賞式の中止を求める妨害騒ぎが起きるという事件が起きた。

 それ以来、何かと公な重要な催しがあると彼らは妨害を起こす為、当会で公安に警護を頼んでいた経緯があった。

 しかし、それにしても予定になかった宿泊先に移動するとたちまち公安の警護の不備をついて、我々を泣致しようと三人の男がホテルの中にまで押しかけてくる事実には大変びっくりした。

 もちろん、この事はホテル側に知らせただけでなく、ロシア大統領府にまで知らされ、恐らくエリツィン大統領の耳にまで届いたことだろう。

 と言うのも、エリツィン大統領とは一九九六年の秋、大統領の容体が非常に危険な時にG・P(五井野プロシジャー)による治療に私は急遽モスクワに行った事があり、その後奇跡的に回復して非常に感謝された時以来の私の守護者と言える方で、私の北方四島十年後返還の提案に対しても支持してくれていたからである。

 大統領の配慮でサンクトペテルブルグ市において私の911(民間救助機構)の提案に対して、当時の市長であった故ソプチャック市長に間接的に働きかけてくれ、当時副市長であったプーチン現大統領が協力してくれて911を創立し、私が創立者会長となった。

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(写真8-1)                      (写真8-2)
サンクトペテルブルグ・ソプチャック元市長(写真8-1の右端)が当時副市長だったプーチン首相に911設立協力を求めた文章(写真8-2)。一行目にはプーチン氏の名前が記述されている

 話せばきりがないが、そういう訳でいろいろと妨害を受けながらも日・ロの民間交流と親睦を続けている。

 コバリョノク総裁の来日の次の年の四月頃、ロシアの国防大臣が来日してロケットの新燃料の開発等、日・ロの宇宙開発協力が進められ、翌年朝日新聞等にNASAも欲しがる新燃料ロケットエンジン技術という内容で私の提唱したLNGロケット燃料がロシアに先立ち、日本で第二段ロケットに開発されたと紹介された。

 残念ながら日本の宇宙開発の人達が私からLNG新燃料の話を直接聞けば良いのになあという感じである。

 と言うのも、LNGロケット燃料はあくまでも宇宙高速艇に使われるものでエンピツ型ロケットに使用されるものではないという事。

 この事は私とコバリョノク総裁が科学技術庁に行った時に展示してあったエンピツ型ロケットの模型を見て、コバリョノク総裁は笑いながらそれを手に取って、これはまったくの旧式ロケットと言った事で解ると思う。

 確かにエンピツ型ロケットでは第一段目の急激な加速力と言う事を考えると従来通りの液体水素の方が優れていると当然思うだろう。

 しかし、だからといって第二段目のロケットにLNGを使ったからと言って安全性やコスト面でどれだけ画期的なロケットに変わる事が出来るというのだろうか?

 あくまでも米国のシャトル宇宙飛行艇の下地の設計となったブラウン計画の宇宙飛行艇に使われてこそLNG新燃料の効果が発揮するのである。

 さらに、私の考案するLNGロケットエンジンは実はこのLNGをある状態にして液体水素以上の加速力を作り出す装置の理論なのだ。

 つまり、安全で安く、しかも飛行機型の宇宙飛行艇なので発進時に急激な加速力をつけなくて済み、しかも速度も従来のロケットよりも段違いに速くなり、火星まで一~三ケ月で到着し、しかも多少の宇宙訓練で一般人でも簡単に行ける様になるという夢の様な宇宙高速艇である。

 これを中途半端な科学知識を持って夢物語と一言で言う人もいるだろうが、宇宙に行って来たベテラン宇宙飛行士が、しかも宇宙開発のトップの地位にいる人達が私と一緒に火星に行きたいと真面目に考えている人達の前で、その言葉を発したとしたら空しい浅はかな言葉にしか映らないのではないのだろうか。

 貴方はどう思いますか?火星に行く夢を!?(ウイッピータイムス13号より)

 という文章を10年前に書いていたのですが、それからの事はいづれ時が来たら述べたいと思います。

 ここで「ザ・フナイ」の読者だけでなく、世界中の科学者が興味ある事項は「重力軽減装置」と「LNGロケット燃料」の事であろう。

 先ず、「重力軽減装置」について説明するとロケットが地上から飛び立つ時に重力が地球上の3倍から5倍かかる為に訓練していない普通の人では気絶してしまう状況が起こる。そこで、その重力の負荷を軽減する装置の発明となった訳である。

この加重力の大きさを一般的に3Gあるいは5Gという表示で表すが、現実には重力が3倍や5倍になったわけでなく、ロケットの加速力が重力の3倍から5倍になった事を意味するもので、逆にロケットは地球からどんどん離れるから受ける重力は弱くなる。

 3Gの加速力はロケットだけの問題ではなく、空軍のジェット機にもある。

 この加速力の力をロケット内部の人間にそのまま負荷にならないように考えたわけであるが、加速力とはF(加速力)=a(加速度)m(質量)の式で表されるために、宇宙飛行士にかかる加速力とは加速度に質量すなわち宇宙飛行士の体重ではなく、ロケットが進む時にロケットと衝突する1秒間当たりの空気の総質量の事になる。

 一般にはこのことを空気抵抗力と呼びますが、空気抵抗力を弱める為にロケットの先端は棒が突き出した様な形になっている。

 それでも宇宙飛行士がいる空間が広い為に、その断面積に大きな空気抵抗圧がかかる事になる。

 そこで、その空気を磁力で遅くする、もしくは遮断して後方に流し、さらに残りの空気抵抗力を遠心力にして変換してしまうと宇宙飛行士には加速力があまりかからなくなる・・・。

 これ以上の事は秘密事項ともなってくるので書くのは止めにする。

 次に「LNGロケット燃料」はLNG(液化天然ガス)を磁力化して「ザ・フナイ」正月号で述べたように液体酸素をプラズマ化(イオン化したガス)した液体酸素で燃焼させる新燃料の事である。

 携帯電話をインターネットに繋げて、私の名前をグーグルで検索すると携帯サイトやPCサイトで「煩悩くん、フルスロットル五井野正博士」が表示されるが、開示すると「ヤッズ」という人のブログになっている。

 この人は私の略歴と業績を調査して、その結果、真実だと判断して、将に私の事を天才だと評価してくれているので、先ず、この場を借りて「ありがとう」と感謝しておきたい。

 そのブログの中で「LNGロケット燃料」について、
「この新しい燃料方式のロケットは日本の『GXプロジェクト』という形でも推進されています、開発が難航していて、当初の開発費の3-4倍も費用がかかってしまい、実際は安価なロケットとならない事がわかってしまった・・・。

 で、今、開発自体を中止しそうな雰囲気なのです」
 と書かれ、その後で
「実はロシアでもメーカーの売り上げ減につながる為、開発自体を断念したと言われています。

 まあ、開発とアイデア提供は次元が異なる事ですが、五井野博士が提案したという証拠が今のところ見つかっていませんので、何とも判断がつきません」

 とある。「LNGロケット燃料」は私の提案だと書いているのはウイッピータイムスだけだから、ヤッズ君には分からなかったのも無理はないと思う。

 そしてヤッズ君が書いている様にLNG燃料を使うと燃料を使った後の容器や機体を捨てないで済む為に、何度でも使える事から当然ロケットメーカーの売り上げ減にはなるだろう。

 でも、そんな事で開発自体を断念したというのであれば、企業論理が働いて全く情けない話だ。

 しかし、噂の範ちゅうだから逆に秘密計画になったのかもしれない。

 いづれにしても、ブログに書いてくれた「ヤッズ」という人の事も知らないし、また会ったこともないので、どういう人なのかよく分かりませんが、色々私の事に興味を持って真面目に調査し、事実関係を明らかにしてブログに書いてくれた事に、本当に感謝いたします。

 そこで、私もブログを開設して「ヤッズ」君にこの件について説明したいなあと思っていましたが、「ザ・フナイ」のこの場を借りて、この件に関してお答えしたいと思います。

 「LNGロケット燃料」は前述した「火星への道程」で記述したように、私がロシアの宇宙空軍アカデミー総裁に提案したもので、そこで総裁が日本との共同開発のために来日し、日本が承諾して日本がロシアより先駆けて開発を進めたものです。

 これは1999年1月―3月頃の朝日新聞の科学欄に掲載されました。

 「火星への道程」でも述べたように、日本の開発機構はLNGでは強い加速力を得られない為に、ロケットの二段目に使おうと当初から計画しているので、あまり意味のない開発になっています。

 ここで言える事は、宇宙技術では最先端のロシア側からの提案だからこそ、日本側がこの様な新燃料の開発を真面目に研究した訳で、もし私が東大のロケット工学卒の博士であったとしても、私の提案をスンナリと受け入れてはくれないだろうと思う。

 残念ながら、私の意見や助力を受けようとしない為に、つまり液体水素を単なるLNGに変えるだけでなく、プラズマ化して燃焼する事を知らない為に、日本側はこの新燃料の開発に方法論も分からないまま、どうやら失敗して断念するようである。

 つまり、この事実によって私の高校時代に考えた科学理論が単なる一個人の考え方だけでなく、今もって世界の最先端の理論である事が証明された事になると思います。

 そして、この新燃料を使ってエンピツ型ロケットではなく、飛行機型の宇宙高速艇こそ宇宙飛行が可能となるのです。

 現に日本で開かれた米ロ日の宇宙飛行士会議に、私は宇宙飛行士ではないのに特別にロシア側のゲストとして招待され、ロシア側の幹部代表団のテーブルがわざわざ私の為に用意されたくらいである。

 不思議に思った毛利・日本議長が私に「貴方は一体何者」と聞いてきたので、「私が今、日本で開発を進めているLNGロケット燃料の提案者です」と答えたら、黙って去っていったというエピソードも残っている。
 写真9は、その会議の時の毛利宇宙飛行士との写真である。

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(写真9)
中央が毛利・日本議長、左端がコバリョノク総裁

 ところで、話を戻すとこの様な経緯からロシアや米国の有人火星計画の真意の目的が何であるかの秘密を私が理解している事が皆様にお分かりだと思います。

 その事について強いて言えばウイッピータイムス12号の記事の中で説明しているので、ここにそのまま引用します。

 火星には水や空気、生物だけでなく「ピラミッドもある!」とY・グラスコフ宇宙飛行士・教授は語り、五井野博士に宇宙飛行士として同行をする事を要請

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(写真10)
グラスコフ宇宙飛行士(左三番目)が会員の前で火星の真実を証言

 ベテラン宇宙飛行士の一人が火星には水や空気はありますかとの質問にうなずいて「火星にはエジプトピラミッドより寸法の大きなピラミッドがある。

 これはアメリカが宇宙撮影で写真を撮っている。

 驚くべき事はこのピラミッドは地球の軸と同じ二十七度で正確に配置されているということだ。

 これを確かめる為には(五井野博士と)一緒に火星に行かなければならない」と延べ、五井野博士に宇宙ステーションミールでの実地訓練を要請した。

 クリムク所長も宇宙飛行士の申請書を博士に強く要請。

 翌日、テレシコワ女史が館長を勤める国際友好会館で博士はタイムス会員達と共に再びテレシコワ女史と会談した。

 この席上でもテレシコワ女史は博士に三回目の
「一緒に火星に行くでしょう」とプロポーズすると五井野博士は、宇宙高速艇を開発して一緒に火星に行きましょうと、テレシコワ女史と約束した。(ウイッピータイムス12号 2000年9月22日発行より)

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(写真11)
テレシコワ女史やクリムク所長を囲んで記念写真を撮るウイッピータイムス会員

 ここで「火星には水や空気、生物だけでなくピラミッドもある」と発言したグラスコフ宇宙飛行士は特別に変わった人ではない。

 彼は宇宙飛行士の世界では幹部の職に当たる人です。

 私が会員達の前で火星の真実の姿を特別に話してくれる様に頼んだ為に彼が皆の前で話をしてくれただけで、普段は人前ではこういう話はしない人です。

 その点に関しては他の宇宙飛行士も皆、人前ではUFOの存在や宇宙人の存在は話しませんが、中には新人の宇宙飛行士の場合、宇宙人の存在も何も知らない人もいる。

 しかし、宇宙に出ればほとんどの宇宙飛行士はUFOを見る。宇宙を飛行する時は発光はすれども固定した形を持たないので、宇宙飛行士はUFOとは呼ばずに「宇宙ホタル」と呼んでいる。

 そして、誰しもが宇宙に出ると頭脳や感覚が超人間的(本来の人間の頭脳と感覚)になり、これが本来の人間の姿だと宇宙飛行士は気づく様になり、幸福感に満ちてくる。

 「火星への道程」で紹介したコバリョノク宇宙飛行士は三回の宇宙飛行を経験していますが、彼は当時宇宙滞在時間の新記録を作った人で、しかも宇宙空間の中をたった一人で1年半も過ごす事は、地上にいる我々には全く理解出来ない事だと思う。

 しかし宇宙に出ると、本来の人間に戻った感覚になるし、窓からは地球が美しく見え、こよなく愛せる地球に感じて心も身体も癒されて退屈などしないそうである。さらに、神の存在を身近に感じるそうである。

そして地球に戻ると超感覚の精神になり、私と最初に会った時も私のオーラを見て、尊敬の念ですぐに親しい気持ちになったそうである。

 確かにテレシコワ宇宙飛行士やクリムク・ガガーリンセンター所長など、宇宙飛行士達が私と最初に会った時からすぐに友達以上の親しさになった事実を見ても、彼らが宇宙に出て本来の人間らしさ(ウイッピー)を取り戻したからだと思う。

 そして、もう一つ重要な事は彼らが地球に戻った時は共通して絵画に興味を持つようになる事である。

 絵から出るオーラやパワーを感じる様である。だから彼ら宇宙飛行士達は私が江戸時代のオリジナルの浮世絵を見せると、みんな喜び楽しそうに見るから、いつも会う度に浮世絵をプレゼントする。

 中には世界で最初に宇宙遊泳をしたレオーノフ宇宙飛行士の様に画家になった人もいる。写真12はモスクワで行われた私の誕生祝賀会にレオーノフ氏自身の絵を私にプレゼントしに、他の宇宙飛行士と共に来てくれた時の写真である。

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(写真12)
自作の絵をプレゼントするレオーノフ宇宙飛行士。その右側3人の男性も宇宙飛行士の幹部達


 それゆえ、前述したコバリョノク宇宙飛行士やレオーノフ宇宙飛行士、そして切手にもなっているシャタロフ・元ガガーリンセンター所長他一行団が私の絵を見に長野県大町市にあるアトリエまでわざわざ来た事がある。写真13はその時の写真である。

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(写真13)
私の絵の前で。左側がレオーノフ氏、私の右側から順にコバリョノク氏、シャタロフ氏

 また、ロシアの宇宙飛行士だけでなく日本人で女性として始めて宇宙に飛んだ向井宇宙飛行士もゴッホの絵が大好きで、写真14はゴッホの事を互いに話し合った時の写真である。

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(写真14)
ゴッホの話で盛り上がる五井野博士と向井宇宙飛行士

 そして月に最初に降りたエドウィン・オルドリン氏も絵が好きで、そこで彼の部屋で会った時に私の絵の米国での展覧会のカタログを見せた時には、素晴らしいと興味を持って見てくれたのも印象的に記憶に残っている。

 どうして宇宙飛行士が絵に興味を特別に持つのかという疑問に答えてくれる一つに「私はアセンションした惑星から来た(金星人オムネクのメッセージ)」(徳間書店)という本を紹介したい。

 この本は今年の1月29日の船井幸男ドットコムに紹介された様に、私が船井会長に是非とも読んで欲しいとプレゼントした本である。

 すなわち、この本は私の特別な知識や特別に体験したいくつもの不思議な現象が書かれている内容から判断しても、間違いなく金星や宇宙の真実の事が書かれている本なのです。
 そこで、この本を船井会長に勧めた訳です。

 この本の中でアセンションした金星の日常生活の様々な事が記述されていますが、そこでは芸術が大きな位置を占めていることが分かります。

 特に究極の芸術は精神を高揚させて、インスピレーションをもたらしてくれる絵画だということが分かってきます。

 つまり、絵画は絵柄ではなく、その絵を描く人が高尚な精神の持ち主でなければならず、その人の強いエネルギーが絵の中で表現され、見る人が精神的に高揚されなければならないのです。

 金星は地球と比べれば、天国のような所ですから、一見高尚な精神の持ち主ばかりと思いがちですが、むしろ地獄のようなこの地球で救済者のような生き方をしている人のほうが、より高尚で強い精神の持ち主だといえるかもしれません。

 と言うよりも、金星人よりも強い精神力を持った人でなければ地球で高尚に生きていく事は難しいものです。
 金星では寿命が一千年位なので、優れた人は若い姿でいる。

 それゆえ若いうちから優れた子供であるオムネクは過去世の地球上でのカルマ(業)を早く清算するために地球に降りて来るのですが、地球上での生活は想像以上に苦しく大変な目にあった様です。

 この様な事実を前提にすると「ゴッホ」という人の姿が見えてくるでしょう。 
 ゴッホは地球上では画家であるが真の牧師でもあった。

 彼はナザレのキリストの後を受け継いで、それらのカルマの清算のために降りて来た。

 彼は形骸化された教会を捨て聖書主義になるが、後に浮世絵に出会い南仏アルル(ゴッホにとっての日本)に移住し、仏教僧の想いで絵を描き続ける。

つまり、金星以上の宇宙の世界では言葉よりも絵でのメッセージの方が重要なのです。
 その事はオムネクの本を読んでいく内に分かってくると思います。

 もちろん、ゴッホは絵だけでなく絵の中に言葉を残した。それも浮世絵文字という日本語を使ってである。

 その絵は2点あって「ザ・フナイ」正月号で紹介したジャポネズリーの2点の絵です。

 ゴッホはその絵の周囲に浮世絵文字と共に13という数字を書き込んで、殉教のゴッホを表現した。

 さらに十1と書いて、その十をキリストの十字架に見立てて「愛」を表現したのである。

 数字の1はゴッホの妻だったクリスチーナ・ホールニック(通称シン)を表現していた。

 そして、ゴッホはそのジャポネズリの2点の絵を描いた翌年、南仏アルルを日本に見立てて夏に「13本の向日葵」と「14本の向日葵」を描く。その「13本の向日葵」はゴッホに見立てた向日葵となっている。

 「14本の向日葵」は愛で結ばれたゴッホとゴッホの奥さんである娼婦のシンを結婚の花に見立てた向日葵になっている。

 この事は私の著作である「ゴッホが書いた日本文字の解読」(オーダー出版)を読めば理解されると思う。

 そして、「向日葵」はオムネクの本を読めば分かるとおり、元々は金星にあった花であり、地球に特別にもたらされた花であることが分かってくる。

 つまり、釈迦に乳粥を持ってきたスジャータは蓮(はす)の花でイメージされ、蓮はムーの象徴である事から、スジャータはムーからの使者と理解できる様に、ゴッホの向日葵もまた金星からのメッセージと理解出来る。

 金色はロイヤルブルーという宇宙の中でこそ輝き、それゆえゴッホは先ず6本の向日葵をロイヤルブルーの中で表現しようとしたのであろう。(次号に続く)

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