五井野正と検索すると、サーティンキューという名称で五井野正氏を虚偽の作り話で執拗に誹謗中傷するブログが上位に表示されています。

五井野正氏の真実の事情を知らない閲覧者はこのサイトを開いて読んだりしたらその嘘の記事に驚かされるでしょう。そこで、まず五井野正氏の真実を本当に皆様方に理解してもらうために、今、知らなければいけない重大な真実を語るメジャーな人々』([株]ヒカルランド発行)の本の中でヒカルランド編集部が五井野正氏を客観的に紹介しているのでそれをご紹介いたしますので覧になってください。

本をまだご覧になっていない方はそこに紹介されていた文章内容をここにそのまま掲載しますので、その紹介文をお読みになってから、どうして、サーティンキューがしつこく五井野正氏を嘘の中傷記事でネットに投稿する理由やサーティンキューの正体を暴いているブログを以下に紹介しますのでサーティンキューの正体を知るためにもそのブログ記事をご覧ください。
LinkIcon五井野正の正体と称して嘘の捏造記事を書くサーティンキューの正体

ここにご紹介する人たちは大衆の中から実力でメジャーになった方たちで、とくにこの講演会のメインである五井野正博士は世界的に活躍をされている人であります。

肩書きや業績は普通の人間では考えられないほど多種多様で、広範囲な分野で世界的なトップレベルの位置に在しているために、この本の企画者が説明するよりも本人がこの本で語っている内容を参考にしていただいたほうがより正確に読者に伝わると思いますので、省略いたします。

例えば、つい最近においても、ロシアの大手トップ新聞『モスコフスキー・コムサモーレッツ』(写真1)に“日本の神”と題して「五井野博士なら北方四島を返しましょう」と大きく掲載され、話題になっている人と言えば、ロシアではどれほどのメジャーな人なのかおわかりでしょうか。

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(写真1)2013年8月24日の朝刊『モスコフスキー・コムサモーレッツ』。

日本ではロシアの新聞と言えば『イズベスチヤ』が有名ですが、その新聞にも、戦中に空襲で焼失した神戸の資産家が所有していたゴッホの5花(6本)のヒマワリを歌川正国(しょうこく)という画号で復活した絵(写真2)のことが大きな記事として掲載されたことはネット上(写真3)でも見ることができます。

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 (写真2)6本のヒマワリ、歌川正国(五井野正)画。
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(写真3)http://www.newizv.ru/culture/2009-07-06/111401-strana-voshodjashih-podsolnuhov.html

また、ロシアの新聞では五井野博士のことを日本のレオナルド・ダ・ヴィンチとタイトルに掲載されるほど(写真4)、五井野氏の業績は新聞1面(写真5)に紹介されたり、ロシアの教科書にも掲載されているほどにメジャーな人です。

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(写真4)“日本のレオナルド”とタイトルされたロシア新聞の記事。

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(写真5)2005年2月23日~3月2日、ロシアの新聞『ロシヤ』紙に載った「ゴッホ・コード」に関する記事。

それは、ロシアに限らず欧米(写真6-1、2)や旧ソ連邦(写真6-3、4)などでも芸術や医学、環境問題などで新聞のトップニュースとして扱われて、さらにテレビ、ラジオでも何度も紹介されています。

変わったところでは日比谷公会堂で行われた政財界、著名人たちの維新劇に出演された演劇などのパフォーマンス(写真7)も紹介されています。

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(写真6-1)GOP(五井野プロシジャー)の使用を求めて国民の8%が大統領に嘆願書を出したのを受け、マルタ国に入国した記事。

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(写真6-2)デンマークの主要新聞である『ポリチケン紙』の1面と5面に特集されたGOPの記事。

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(写真6-3)ウクライナのキエフで行われた展覧会が第1面のトップ記事に。

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(写真6-4)ウクライナのポルタワ州知事の要望で歌川正国(五井野正)展を開いたときのトップ記事。

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(写真7)政財界、著名人たちの維新劇に出演した。

もちろん、日本においても某宗教団体からマスコミに圧力がかかる平成6(1994)年10月頃までは、NHKから各民放、朝日、読売などの五大新聞に環境問題や芸術関係などで新聞紙上の1面トップ記事(写真8-1、2、3)に何度も紹介されるほどの超メジャーな人でした。

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(写真8-1)北斎の役者絵を発見し、デンマークの美術館でインプレッション展で展示するというトップ記事。

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(写真8-2)読売新聞。五井野氏所有の唐三彩が世界的な発見と評価される。

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(写真8-3)広重の東海道五十三次の原画の国貞の浮世絵を示して、広重が東海道を歩いたという従来の説の誤りを正した。

著書に『七次元よりの使者』のベストセラ―小説や『法華三部経大系』といった仏教書なども出版されていますし、犯罪的な株の泥棒によって乗っ取られるまでは創栄出版(株)の会長もされていました。

そのときには自ら『海と離島』や『ふる里村情報』、『信州・アルプス情報』の編集長として社会に大きな影響を与えてきました。

また社会運動家としても知られ、若いとき(19歳頃)に世界で最初のゴミの分別収集システムを川崎市役所に始めさせたり、後に富士五湖の水質汚染や魚の大量死問題を出発点として環境問題に取り組み、当時の環境庁を動かして、後に湖のリン酸問題をクローズアップさせました(写真9-1、2)。

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(写真9-1)左下が空き缶公害の記事(1974 <昭和49>年6月11日)、右上が精進湖のリン酸汚染問題の記事(1974<昭和49>年7月17日)。

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(写真9-2)富士五湖の穴あき病の魚を見せるために、環境庁まで出向いたアピール行動。1974(昭和49)年。左の人物が五井野氏。

また、野山や道路、湖沼や河川に投げ捨てられた空き缶の回収運動とリサイクル運動を通して、三者(企業、行政、消費者)の協力と責任を訴えた運動(写真10-1、2)は海外(写真11-1)や小学校の教科書(写真11-2)にも掲載され、日本のみならず、欧米でも環境問題意識を高めさせました。

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(写真10-1)環境汚染や使い捨てなどの問題について、デポジット制やリサイクル、省エネ・省資源などを提唱し、企業や行政、国民に訴え日本人の意識を変えた。ウイッピー運動は小学校の教科書にも載った。

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(写真10-2)朝日新聞の社会面に大きく載った“空き缶お返し実力行使”記事(昭和49年8月29日付け)。

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(写真11-1) “空き缶お返し実力行使”の記事が英文で海外に知らされた。

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(写真11-2)小学校の社会科の教科書に掲載された五井野氏の活動。中央の写真、企業に空き缶をお返しするためにトラックに空き缶を満載してアピールするウイッピーメンバー。手にする「空缶通行禁止」の表示の下に「ウイッピー」という縦文字が書かれている。

 しかしながら、大手飲料メーカーへの実力行使は広告によって経営されているマスコミからシャットアウトの憂き目にあいましたが、その後、環境問題の地道な活動を続けていました。
そして、昭和50(1975)年に空缶寺というタスキをつけての駅でのモク拾いは、道路や野山はもちろん、鉄道の駅構内や線路、はては電車の車内にまで吸殻を捨て、足で踏み消していた日本人の習慣を一変させ、日本国民にタバコのポイ捨て禁止意識を持たせることに成功しました(写真12-1、2)。

 そのような運動が評価され、NHKが“ウイッピーアピール”というタイトルで朝の15分間の番組として流すと、その番組での最高視聴率となったそうです。

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(写真12-1)旧国鉄駅ホームでのモク拾い運動を寸劇でアピールする(『週刊大衆』1975〈昭和50〉年4月10日号グラビア)。

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(写真12-2)電車内で“空缶寺僧侶モク拾い”と唱えて鐘を叩きアピールするタバコのモク拾い運動。

その後『七次元よりの使者』という小説を自費出版して、やがてベストセラ―となりました。
 また西伊豆の山林中に読者と共に自然のリサイクル村として“若葉の里”を建設して、新聞(写真13)、テレビ、ラジオ、雑誌などで話題となりました。

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(写真13)西伊豆の山林にリサイクル村“若葉の里” を建設して、新聞に掲載された。

その後、『ふる里村情報』を発刊してふる里から都市への情報の流れをつくり、森林の間伐問題と若者に夢を与えるために10万円でアルプスが見える千坪の土地に丸太ロッジを建てたということですが、これは朝日新聞の記事(写真14)に掲載されて、朝日新聞始まって以来の大反響を起こしたようです。

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(写真14)1982(昭和57)年12月に、朝日新聞社会面に掲載された五井野正氏のふる里村情報“アルプスの10万円ロッジ”の記事。

 さらに、過疎地問題を解決するためのふる里村文化運動や無農薬・無化学肥料を啓蒙して各地にそのような自然で安全な農産物づくりをさせたり普及させたりして、国民の意識を変えさせるための様々な社会運動を実践して日本を変革してきた人です。 

 現存する画家として世界で初めてエルミタージュ美術館で展覧会を開く     
 とくに、ふる里村の文化運動を通して、ヨーロッパの印象派(モネ・マネ・ゴッホ・ロートレック・セザンヌ)に大きな影響を与えた江戸の浮世絵文化を啓蒙し、平成2(1990)年8月に歌川派門人会を創立して会長となり、自らも歌川正国としてゴッホと浮世絵の関係を表現した絵画を日本画と油絵で描き、平成4年から国内の公立美術館で展覧活動を始めました。

 それらの企画アイデアは各地の美術館で大評判となり、平成6(1994)年には早くもアルメニア国立美術館やロシア国立プーシキン美術館(写真15)、エルミタージュ美術館(写真16)など欧米、旧ソ連邦の国々の国公立美術館で展覧会を開催して美術界に大きな影響を与えました。

 今日の欧米、旧ソ連邦での浮世絵ブームや日本食ブーム、さらに漫画ブームに乗じたコスプレのファッションブームはこうした活動と無関係ではないでしょう。

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(写真15)大臣や大使を含め1000名を超える招待客を集めてのオープニングセレモニー。

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(写真16)ロシア国立エルミタージュ美術館。

 とくにロシアでは、現存する画家としては世界で初めてエルミタージュ美術館で展覧会を開いた人として、ロシアの教科書に掲載されているほどの超メジャーな人となっています。

 さらに、チェルノブイリ原発事故4号炉内に日本で初めてカメラを入れてタス通信を通して世界のニュースとなり(写真17)、日本では浜岡原子力発電所の危険性を週刊誌(写真18-1)や筑紫哲也のテレビ番組(写真18-2)を通して警告し、福島原発事故以前に最も危険だと言われた浜岡原発1号炉、2号炉を廃炉に追い込むなどの影響力を及ぼしてきました。

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(写真17)事故現場となった4号炉石棺前にたたずむ五井野氏。

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(写真18-1) 『週刊現代』のチェルノブイリ事故特集記事。

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(写真18-2)TBSの番組『筑紫哲也NEWS23』から。チェルノブイリ原子炉に向かう途中でのテロップ。

 経済においてはIT(情報技術)の先駆者としてビジネスモデルの特許を数多く取得していますが、米国で取得した特許がマサチューセッツ工科大学の特許統括部長に最高の特許と評され、今までの最高価格の2倍の金額を提示して買い求めてきたというほど、それまでのITビジネスモデルが変わるような重要な発明を次々としています。

 その特許の一つが、今日では携帯電話にデジタルのカメラ機能をつけてインターネットに繋げ、送られてきた情報にアドバイスするシステムというアイデアは誰にでも理解できますが、出願当時は16文字程度の表示しかできなく、もちろんインターネットにも繋がれていない時代で、その後も実用化が困難でなかなか理解されない休眠特許として朝日新聞(写真19)に紹介されたりしてもいます。

 最終的に著名な複数の大手企業が五井野氏の特許に侵害している恐れがある可能性から、特許評価会社が調査した特許の中でナンバーワンに価値があると評価されたほどです。現在は大手の化粧品会社がこの特許を出願人・発明者五井野正氏として登録しています。

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(写真19)2007年5月20日の朝日新聞。

 また世界で最初のナノホーンの大量生産、分散処理、高純度の開発者として日刊工業新聞(写真20)などに紹介され、DDS(ドラッグデリバリーシステム)や放射線遮断製品等を世界に先駆けて開発しています。

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(写真20)2011年9月26日の日刊工業新聞。

 [名古屋]名古屋工業大学工学研究科の林靖彦准教授と環境・エネルギーナノ技術研究所(長野県池田町)の五井野正取締役らの研究グループは、直径20ナノメートル(ナノは10億分の1)の球状カーボンナノホーン(S-CNH)の大量合成技術を開発した。

 また国際的にはGOP(五井野プロシジャー)を発明し、海外の国立ガンセンターなどでガン、糖尿病、エイズ、心臓病などの臨床試験を各国で行い、2000年に治験薬としてデンマーク政府から認可を受けました。

 そのGOPの成果はヨーロッパ(写真21)や旧ソ連邦において新聞、テレビ、ラジオでその治療効果のすごさに大きく騒がれ、ワンワールド支配を目論む製薬会社の大きな脅威となり、現在においても話題の人となっています。

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(写真21)大勢の南欧人たちがGOPを求めて押しかけた写真を通して、GOPの経緯を書いた『THE TIMES』の記事。  

そして、そのような人類的功績に対し、スペイン国王から勲章を戴き(写真22)、スペイン王立薬学アカデミーの会員にもなっています。

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(写真22)スペイン国王と五井野博士。

 もちろん、そのような活動を通して世界中のトップクラスの人との人脈を築かれていますが、ロシアでは故エリツィン大統領の心臓病をGOPで治して快復させ、「あの日本人にはクリル(北方四島)は返さないが、ドクター五井野には返そう」とエリツィン大統領に言わしめたほどでした。

 それによって、エリツィン大統領はクラスノヤルスクの船の上で五井野博士が提案した北方四島返還の十カ条文章を当時の橋本首相に見せ、北方四島を日本に返す(写真23)と約束したそうです。

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(写真23)1997年11月5日の朝日新聞1面。

 ところが、日本の某宗教団体の政治的妨害で、日本は境界線だけ引いてくれればいいと逆提案をして結局、北方四島返還も日ロ平和条約も反故(ほご)になってしまったという事実は、日本のマスコミ界では今でもタブーとされているのです。

 また、治安が悪かったロシアのサンクトペテルブルグ市に、ソプチャック市長(写真24)と共に911(民間救助機構)を創設し会長となりましたが、その顧問にプーチン第一副市長(現プーチン大統領)とイワノフ副市長(前第一副首相)がいたのです。

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(写真24)五井野氏とサンクトペテルブルグのソプチャック市長(右端)。五井野氏はソプチャック市長と共に911(民間救助機構)を創立し、共に会長となり、顧問にプーチン第一副市長(現大統領)がいた。

 その後、911によって治安が回復したので、プーチン副市長はその功績によって国家安全保障の書記長となり故エリツィン大統領の指名によって首相となりました。

 それゆえ、プーチン大統領が初めて日本に来日したときに、野党で肩書きがなかった鳩山由紀夫(前日ロ協会会長)衆議院議員の懇願を日ロ協会の参与であった五井野博士が受けて、六本木ヒルズ内において、当時の小泉首相よりも先に超法規の形で外務省をシャットアウトしてプーチン大統領と30分間テーブルでの会談(写真25)をさせた実力者でもあります。

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(写真25)2005年11月20日、東京・六本木ヒルズにて。プーチン大統領(右)と歓談する鳩山由紀夫氏(日ロ協会資料より)。

 また、ロシアの故アレクシー2世総主教と五井野博士は1時間半にわたる会談(写真26)を行うほど、総主教から評価され、後にアレクシー2世総主教の来日の際の特使として天皇陛下との会談を日本側と交渉しましたが、某宗教団体の政治権力に妨害されたようですが、最終的にプーチン大統領を動かして今上天皇と皇居内で歴史的な会談を実現させたという実績を残しています。

 また、アルメニア正教の総主教との会談をアレクシー2世総主教にお願いし、半世紀ぶりに両者を和解させ、平和外交にも努力した人です。

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(写真26)故アレクシー2世総主教と談笑する五井野正博士。

 民間では、宇宙飛行士、科学界、芸術界、バレエ界、ファッション界などのトップの人たちと親しくしていることは本書などをお読みになれば理解できると思います。

 まさに、3Sや政財界の人間でない、世界的な超メジャーな文化人という立場からの21世紀に入って混迷している日本に対してのメッセージ、そして日本人が今、知らなければいけない重要なメッセージを感じ取ってほしいというのがこの本の出版目的です。

 これからも五井野正博士を中心としてその仲間たちの講演集を引き続き出版して応援していきたいと思いますので、講演と共にご声援いただければ幸いと存じます。

ヒカルランド編集部  




 以上、ヒカルランド編集部の五井野正氏を紹介する文章で皆さんお判りになったと思います。

 次回は五井野正氏の世界的な活躍が日本では全く紹介されていない本当の理由と、サーティンキューや宏野田なる者たちがなぜ五井野正氏を執拗に嘘の誹謗中傷記事をネットに投稿するのかの理由を皆さん方に説明する予定です






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  • 寄稿文に「プラトン、ピュタゴラスそして孟子の思想の原点は数字」を掲載

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